近くて遠い君に

3

ライン ドット

気が付いたら窓の向こうの慎を見詰めながら、夢中で窓を開けていた。黙って飛び込んできた慎が俺をきつく抱き締める。

 

夢なのかもしれないと思うほど、その後の行為は激し過ぎて、俺は何度も啜り泣きの声を上げた。

 

気が遠くなるほど続いた熱さの中、俺はいつの間にか眠りに落ちて行き、目が覚めた時は部屋にもう明るい日が差していた。

 

すっかり覚めた頭で自分を見る。身体中粘つくようで気持ちが悪かった。シーツを見た途端、顔を顰めた俺は、首を振って起き上がるとベッドからシーツを引き剥がした。

 

(こんなのお袋に見せられない

 

慎は夜中に窓から出て行ったんだな…。

 

俺が無我夢中だったのに比べて、慎は冷静だったってことだ。

 

何がどうだったか、夕べのことは何も思い出せない。自分の切れ切れの声と、慎の身体の重さだけが記憶の中に残ってる。

 

そこまで我を忘れていた俺を見て、慎はどう思ったんだろう?あいつはまだ高校生だ。俺が好きだなんて、簡単に言ってくれちゃったけど、そんなのただの気の迷いだったのかもしれない。

 

丸めたシーツを抱えたまま俯いていると、玄関のドアが叩かれる音がした。

 

(慎?)

 

「あら、お早う!え?あら、まだ寝てるのよ。いくら日曜日でも、ほんとにしょうがないったら…。は?あ、ええ、慎一君なら構わないと思うけど…」

 

聞こえてくるのは、お袋のでかい声だけだったけど、それから慎の「おじゃまします。」っていう声がしたと思ったら、階段を上がってくる足音がした。

 

それで自分が裸でいることにハッと気がついた。

 

パジャマがどこにあるか分からなくて、シーツを抱えたまま、俺は咄嗟に部屋のドアを押さえた。

 

「一哉さん?」

「入るな。」

「一哉さん…」

「帰れ。会いたくない。」

 

一瞬、息を呑むような間の後で、慎が静かに言った。

 

「部屋に入れて、一哉さん。おばさんが変な顔して見てるよ。」

 

裸のまま慎に会いたくなくて、でも慎を追い返せばお袋が変に思うのも分かっていた。

 

仕方なく俺は息を吸い込むと、また小さく溜息を吐いてから、シーツで身体を庇うようにしながら部屋のドアを開けた。

 

黙って部屋に入ってきた慎は、シーツを抱えたまま慎と目を合わせようとしない俺を見ると、ドアの傍で立ち止まった。

 

そうやって突っ立ったままの慎の方をチラッと見ると、慎が拳を握り締めるのが見えた。

 

「ごめん、一哉さん。俺、あんな風にするつもりじゃなかったのに…」

 

辛そうな声に俺が顔を上げると、慎の方が目を逸らした。

 

「一哉さんに、うんと優しくしてあげたくて、ずっとそう思ってたのに…嫌だったんだね、ごめん。俺、全然余裕なくて、自分が何したか良く覚えてなくて…。一哉さんを酷い目に逢わせたんなら、ほんとごめんなさい。」

 

慎の唇が少し震えているのを見て、俺の心臓がドキッと跳ねた。

 

「同じだよ…俺も。」

 

悲しそうな目で慎が俺を見詰めた。

 

「よく覚えてないんだ、夕べのこと。俺…俺の方がずっと年上なのに、すごくみっともないとこ見せたんじゃないかと思って…お前に呆れられたんじゃないかと思って、すっげえ落ち込んでた。」

 

「一哉さん…」

 

俺がまた俯いてしまうと、シーツを抱えて胸の前でしっかり組んだ俺の手に、慎がそっと手を伸ばした。

 

「一哉さんに触ってもいい?」

 

そんな風に聞かれても返事の仕様がなくて、俺は黙ったまま微かに頷いた。

 

その途端、慎にギュッと抱き締められる。

 

「会いたくないなんて言うから、心臓止まるかと思った。あんな風に脅かすの無しだよ、一哉さん…。」

 

耳元で、ハアッって大きな溜息が聞こえると、背中に回された慎の腕にますます力が篭められた。

 

「ご、ごめん…。俺、慎の顔見るの恥ずかしくて、それでつい…」

 

慎が背中に回した腕を離すと、今度は両手を俺の肩に置いて、ジッと俺の顔を見詰めた。

 

「それって、一哉さんも良かったってことなの?」

「なっ!なに言って…」

 

焦って目を逸らしたけど、慎は首を傾けてしつこく俺の顔を見た。

 

「それとも俺、下手糞だった?」

「ば、馬鹿

 

俺がギュッと口を閉じて横を向いてしまうと、慎が俺の肩に置いた手をだらりと落とした。

 

「そんなに俺、下手だったんだ。」

「そ、そんなわけないだろ!俺、さっきも言ったじゃんか、みっともないくらい夢中になってたって…」

 

思わずそう言ってしまってから慌てて口を閉じたけど、慎はもう嬉しそうに笑っていた。

 

「引っ掛けたな…」

「ああ…一哉さん、可愛いっ!」

「離せ!離せったら!」

 

しばらく無言のまま二人で揉み合ってたけど、結局、俺は慎と抱き合ってキスを始めた。

 

「んっ…」

 

ぐったり俺の身体から力が抜け出した頃、お袋が下から大きな声で呼びかけた。

 

「慎一君、そろそろお昼ご飯なんだけど、どうする?うちで一緒に食べてく?」

 

名残惜しそうにチュッと俺の唇を吸ってから、慎が俺を離した。

 

「いえ、もう帰ります。ご飯時にお邪魔してすみませんでした。」

 

「あら、そんなこと良いのよ。」とか何とかお袋の声がするのに、慎が軽く溜息を付いた。そのまま、俺を見てゴクッと息を呑む。

 

(あ…)

 

抱えていたシーツはとっくに床に落ちてしまっていたから、俺は素っ裸のまま慎の前に立っていた。

 

いまさら女じゃあるまいし、前を隠すのも余計に恥ずかしくて、でもそのままだと、身体中を撫で回すような慎の視線に反応してしまいそうだった。

 

「帰らなきゃ…」

 

俺の身体のあらぬところを見詰めたまま、慎がやっとそう呟いた。

 

「このままここにいると、一哉さんを襲っちゃいそう…」

「じゃあ後で来る?」

 

俺が思わずそう聞くと、慎が「え?」って言うみたいに顔を上げた。

 

「今夜も…来る?」

 

「来て欲しい。」とは流石に言えなくて、それでもそう聞いた途端、自分の顔が真っ赤になるのが分かった。

 

「酷いな、一哉さん…。そんな顔されたら俺の自制心、吹っ飛びそう…」

「じゃあ…」

 

「来てくれるんだ。」って言いかけた俺を遮って、慎が首を横に振った。

 

「なんで?」

 

ちょっと情けない声が出てしまったのが悔しくて、俺は慎を軽く睨んだ。

 

「またそんな顔する…」

 

そう言うと慎が溜息を吐いた。

 

「明日は仕事でしょ、一哉さん。今日だってこんな時間まで寝てたんだし…無理だよ、今夜もなんて。」

「仕事…」

 

慎の方がやっぱり余裕があって、俺よりずっとしっかりしてる。明日からまた仕事だなんてこと、ちっとも頭になかった俺は、慎にそう言われて頷いた。

 

「そっかそうだよな。」

 

途端に冷静になった俺を見て、慎ががっくり肩を落とした。

 

「そう簡単に納得されるのも、それはそれで複雑って言うか…」

 

首を振りながら俯くと、慎が左手で自分の首筋を撫でた。その様子が子供っぽくて、ちょっと前まで子供っぽい面影と重なる。それで急に大胆になった俺は、慎の顔を覗き込んだ。

 

「なら今夜でもいいよ。」

 

首に手を当てたまま、慎が赤くなった。そしてまたゴクッて喉を鳴らすと、掠れた声で答える。

 

「土曜日…」

「え?」

「また土曜日に来る。」

「土曜日まで…」

 

そんなに待てないって言うのも恥ずかしくて、俺はそのまま目を伏せた。

 

「平日は一哉さん、無理っぽいし。俺、ここに来ちゃったら、自分を途中で抑える自信ないって言うか…。」

 

顔を上げた俺は、慎の困り果てた様子に思わず吹き出した。

 

「こーこーせー!」

 

そう言って笑うと、慎も照れ臭そうに笑った。

 

「お袋が煩いから、今日はもう帰れ。」

「う、うん。」

 

だけど、帰ろうとする慎の腕を捕まえて、俺は後ろから抱きついた。

 

「キスしてから行け。」

 

振り向いた慎が俺の唇に優しく触れると、頭を抱えて撫でた。

 

「大好き、一哉さん。」

 

そのまま慎は帰って行き、お袋に「日曜だからって、いつまで寝てる気?」って文句を言われながら、俺はノロノロ服を着た。そして新聞を開いたままの親父と、「サッサと食べてくれないと、片付かなくて困るのよ。」って文句を言うお袋と一緒に遅い昼飯を食べた。

 

一週間がそんなに長かったのは初めてだった。毎日、偶然にか故意にか、俺と慎は必ず一度は顔を会わせた。慎がうちに来ることもあれば、俺の帰宅時間に慎が門の前で立ってることもあった。

 

そして一言、二言、他愛ない言葉を交わすと、慎がちょっと眩しそうに俺を見る。

 

一週間、そんな慎を思い出して、俺は自分で自分を慰めた。毎日、毎日やるなんて、それこそ高校生に戻ったみたいに。

 

そうしてると、今にも窓から慎が顔を出しそうで、興奮した俺はいつもアッと言う間に達してしまった。

 

土曜日が来る頃には、もう理性は吹っ飛ぶ寸前で、窓から慎を迎え入れると、俺はまた夢中になって慎を抱き締めた。後はまた記憶が切れ切れになる。

 

次の日には、必ず慎が俺の様子を見にやって来た。そして、

 

「顔見ただけで帰るの辛いけど、それでも会いに来ずにいられない。」

 

って言って照れたように笑う。

 

そのまま3ヶ月ほどが過ぎて、時々、仕事をしながらでも、何かの拍子にフト慎の顔や声を思い出すようになった。

 

(すごい重症かも…)

 

そんな時に、ふっくらと丸い頬の子供の顔が目に浮かぶことがある。その途端、俺の心臓がドキドキ痛んだ。

 

慎は夜中にこっそり窓から入って来る。

 

俺達の関係はそんな関係。コソコソこんなことを続けていても、この先は? うちの親だって、慎の両親だって、俺達のことを知ったら…

 

そこまで考えて、俺は慌てて頭を振った。

 

絶対にバレたりしない、慎が大学に行ってしまうまで、それまでの間だけだ。いつか必ず俺の方から諦めるから、それまでの間だけはこのまま…。

 

でも、そうやってこっそり部屋で会う回数が増えるほど、会えない時間が辛くなった。

ライン ドット

 

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