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田宮の言った通り、荒野の真ん中、道もない赤茶けた地面を走るバスの周りに、無数の穴が現れた。その途端、俺はスウッと画面の中に引き込まれていった。
いつの間にか俺が、ギラギラと太陽が照りつける荒野をひたすら走っていた。車に積み込んだのはシャベルとツルハシだけ。穴を掘り終わるまで、倒れてしまわない程度の水もある。
お袋にもあの男にも、誰にも見つからない場所。
俺はひたすら穴を掘り続ける。
穴を掘っている間は疲れを感じない。喉の渇きも気にならない。満天の星に抱かれて、俺は夜も穴を掘り続ける。気が付くともう穴の外が見えなくなっていて、俺は涼しい地面の底にいた。
地上の音はもう聞こえない。空気すらもう動かない。
俺は冷たい地面にばったり倒れ込んでぐっすり眠る。2度と怖い夢を見ることはない。もう起き上がることもない。安心した俺の目から涙が溢れ出すのが分かった。
「牧、大丈夫?」
うっとおしい田宮の声が、俺を現実に引き戻した。
いつの間にか目を閉じて泣いていたらしい。俺は顔を背けると制服の袖で涙を拭った。
田宮と田宮のお袋が、俺を心配そうに見ている。
「牧君は、可哀想な子だから。」
田宮のお袋が田宮にそう言ってるのが聞こえるような気がして、俺はパッと立ち上がった。
「映画、ありがとう。俺、もう帰ります。」
「あら、でも、お母さん、遅くなるって言ってらしたのよ。このままうちで夕飯食べていかない、牧君?」
「いえ、大丈夫です。帰ります。」
「でも…」
俺が中一の時にお袋が家に連れてきた男は、気に入らないことがあると俺を殴る。そしてあいつには気に入らないことがいくらでもあった。働きもせずに家でゴロゴロしてるあいつは、お袋が仕事で遅くなるのが一番気に入らない。そういう時に俺が家にいると必ず俺を殴りつけた。
家が近所で同級生の田宮のお袋はそういう事情を知っている。どうしようもないお袋で、救いようのない家でも、他人からあれこれ言われるのは嫌だった。
「送って行くよ。」
サッサと玄関で靴を履き出した俺に田宮が声を掛けた。外はもう真っ暗だ。いつもなら嫌々田宮に送ってもらうところだったけど、その日の俺はいつもと違っていた。
なんていうか、目標が出来たからだ。どうやって全てを終わらせればいいかってことが、やっと分かった気がしてた。
暗い穴の底で、誰にも知られずに、そこで自分を解放してやれる。人に好き勝手に騒がれる終わりじゃなくて、一人だけの始まりのために。
「放っといてくれ。」って言ったのに、角を曲がって家に着くまで田宮が後ろからつけて来た。
自己満足のためにする田宮の罪滅ぼし。
「田宮君ってどうして牧と友達なの?」
学校でそう聞かれるたびに、曖昧に笑って「小学生と時からの親友なんだ。」って答える田宮。部活にも入らずに、帰宅が遅くなる時は必ず俺を送る田宮。
あれは俺と田宮が中学に入ったばかりの頃だった。俺達はどっちも大き過ぎる制服を着て、重いカバンを持っていつも一緒に学校に通っていた。途中までは他の友達と一緒でも、途中からは俺と田宮の二人になる。
その日も下らない賭けをしたり、じゃんけんをしたりして、近道のためにいつもの公園を通り抜けた時には、負けた俺が2人分のカバンを抱えていた。
何がそんなに嬉しかったのか、田宮が笑いながら先に走っていってしまった。笑いながら息を切らして追いかけようとした俺は、後ろから声を掛けられて立ち止まった。
「ちょっと、君。」
振り向くと、優しそうなおじさんがニコニコ笑いながら立っていた。
「はい…。」
どこにでもいそうな普通の人だったのに、なぜかその人を見た途端、俺は後ろに一歩下がった。何かが違うっていう気がしたんだ。
「xx街道の方にはどう行けばいいか知ってるかな?」
困ったような顔でそう聞かれて、俺は自分が一瞬ビクついたことが恥ずかしくなった。
「はい、知ってます。」
張り切って道順を説明しようとしたら、途中で遮られた。
「ごめんね。おじさんは本当に方向音痴なんだ。悪いけど、君、僕の車に乗って途中まで連れてってくれないかな?」
「嫌だ」って咄嗟に思ったのに、そのおじさんは俺が抱えていたカバンに手を伸ばした。
「途中まで道教えてくれたら、その後君の家まで送るよ。重くて大変だろう?」
もう子供じゃないんだから平気だって思った。誘拐に気をつけなさい、なんて言われなくなってから随分になる。
おじさんが掴んでしまった田宮のカバン。にっこり笑って歩き出したその人の後に俺はついて行った。
あの時、カバンを抱えていたのが俺じゃなくて田宮だったら?
あれから俺は、何度同じことを考えただろう?
もし、田宮が俺と一緒に歩いてくれていたら?様子を見に戻って来てくれていたら?俺も一緒に行くって言ってくれていたら?
あんな目に遭うことはなかったかもしれないのに…。
俺がいつまでたっても公園から出てこないから、田宮は俺がふざけてるんだと思ったらしい。俺が出てきたらおどかそうと思って、しばらく公演の出口の木陰で待ち伏せした後、やっと俺を探しに戻ってきた。
それで俺が知らない男の車に乗り込むところを見たんだ。
止めようとしたって言ってた。何か変な気がして、走って追い駆けて止めようとしたって。
車が行ってしまってからも田宮は公園でしばらく待っていたらしい。俺が戻って来ないから一度家に戻って、それで俺がまだ帰っていないって分かった途端、怖くなったんだ。自分の母親に俺が知らない男の車に乗って、どこに行ったか分からないって話した。
慌てて会いに来た田宮の母親に、俺のお袋は「だってもう子供じゃないのよ。」って言って取り合わなかった。ちょうどお袋はあいつと会い始めた頃で、どんなに機嫌を取られてもあいつのことが嫌いだった俺は、お袋の邪魔になりかけていたんだ。
結局、薄暗くなった公園でぼんやり座ってた俺をみつけたのは田宮だった。
俺にはその時の記憶がない。
田宮は俺を自分の家に連れて帰った。田宮のお袋が俺の首についた紐の後に気がついて、何を聞かれても黙ったままの俺の上着を脱がせると、裂けたシャツとそこに滲んだ血が現れた。
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