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ライン ドット

目線の先で木目が泳ぎ出した。

 

安っぽい合板の机が、その木目模様の一点に集中した俺の視線の先で、浮き上がったように見える。プツッと後頭部に吹き出た汗が、首筋を伝って滑り落ちるのを感じると同時に、ずっと一箇所を見詰めていたせいで、目の奥が痛み出した。途端にビリッと電流が走るような頭痛がして、目を閉じてしまいそうになる。

 

身体を支えるために膝の上で握り締めた拳に力を込めて、両腕をさらに突っ張った。腕が震え出して、反射的に跳ね上がった膝が机にぶつかる。

 

隣の席の田村あすかが嫌そうに俺を見ているのが分かった。

 

「たむらあすか、たむらあすか、たーむらー」

 

頭を空っぽにしておかなきゃいけないのに、突然「田村あすか」っていう文字が俺の頭の中に入り込んで来た。叫び出しそうになるのを必死に堪えていたら、口の中に金属の味が広がった。また唇を噛み切ったらしい。

 

グルグル回り出した木目にそれ以上集中していられなくなってきた。この前みたいに床にぶっ倒れて漏らしてしまうか、それとも田村あすかに向かって喚き出すか、その限界に近づいたその時、救いのチャイムが鳴った。

 

田村あすかが立ち上がって、「キモイー」って言いながら教室の後ろの方に走って行った。何人かの男子生徒がわざと俺にぶつかりながら、廊下に出て行く。でも大抵の奴は、ただ俺を無視して遠巻きに見ているだけだ。

 

ゆっくり息を吐くと、グラグラする頭をそっと動かして、下を向いたまま少しずつ机から目を離した。徐々に肩の力を抜いて、突っ張っていた肘を軽く曲げると拳を太腿の上でそっと開く。

 

あんまり長い間拳を握り締めていたせいで、固まったまま開かなくなったかと思うほど、俺のの意思に逆らって動いてくれない。ソロソロと腿に拳を何度か滑らせると、親指から順に外していった。

 

「大丈夫、牧?」

 

顔を上げなくてもそれが田宮だってことは分かっていた。

 

「また発作だったんだね。先生にそう言って今日はもう帰ったら?俺、送って行こうか?」

 

こいつには俺がこいつの顔を見るのも、声を聞くのを嫌で、こいつの存在すら許せないってことがいつまでたっても分からないらしい。下を向いたまま無視していると、

 

「分かった。でも辛くなったらそう言って。」

 

諦めたのかやっといなくなってくれた。

 

学校は嫌でたまらない。だけど、家はそれ以上に耐えられない。そして外はもっと駄目だ。

 

外は怖い…。

 

午前中の授業、昼休み、午後の授業。その日も何とか1日が終わった。冬だっていうのに制服の下は汗びっしょりで、1日が終わる頃には俺は気力を使い果たしていた。それでもグッと気を引き締めて、椅子から立ち上がると軽く屈伸をして、腕を回した。

 

田村あすかとその友達が、そんな俺を指差して笑っているのが見える。

 

かまやしない。鞄を肩に下げると、俺は教室を出て正面玄関に向かった。

 

そしたら田宮が俺の下駄箱に寄りかかって待っていた。

 

邪魔なその肩を押して下駄箱を開けると、無言のまま外履きのスニーカーに履き替え、鞄の紐を握り締めて、玄関の外に向かう。

 

田宮が何か言っているけど、もう何も聞こえない。

 

外は怖い。

 

学校を出たら、家まで息が続く限り駆け続ける。家の玄関に飛び込んで、鍵を閉めるまでは絶対に止まらない。

 

もう一度膝を軽く曲げた後、走り出そうとした俺の腕を田宮が掴んだ。

 

「放せ。」

 

こいつが凍って粉々に砕けてしまえばいいのに。そう思いながら、思いっきり冷たい目で睨んでやった。

 

「今日、牧のお母さんから家に電話があったんだ。お母さん、遅くなるって。今から家に帰っても、あの人しかいないよ。」

 

飛び出そうとして張り詰めていた俺の身体から力が抜けた。田宮に掴まれた腕がだらんと垂れ下がる。下を向いて俯いた俺に田宮が声を掛けた。

 

「うちに来るのが嫌なのは分かってるよ。でも…おばさんが戻るまでの間、うちにおいでよ。新しいDVD買ったんだ。牧、まだ見てないと思うよ。一緒に見よう。面白そうな映画だったよ。」

「いい…。学校にいる。」

 

我ながら弱々しい声だった。家に戻るわけにはいかなくなった。学校にいても直ぐにどんどん暗くなる。遅くなってから一人で家に帰ることを思うと、それだけで泣きそうになった。

 

お袋が悪いんだ。何もかもあの女のせい。あんな男を家に連れてくるから…。俺よりも、あいつといることを選んだお袋は絶対に許さない。

 

俯いて黙った俺を、やっぱり無言のまま田宮が腕を引いて歩き出した。玄関を出て正門に向かう間、周りからヒソヒソ話声が聞こえ、こっちをコソコソ伺う気配がしている。

 

田宮は学校じゃ普通に人気がある。背が高いとか頭がいいとか、スポーツが得意だとか、優しくて良い奴だとか、そんなような理由。

 

俺は田宮の腕を振り払った。

 

「一人で歩ける。」

「ごめん。じゃあ…一緒に来てくれるよね?」

「映画って?」

「え?」

「映画ってなに?」

「あ、えーっと、なんかね、荒野で穴を掘るっていう話みたい。」

「穴?」

「うん、俺もまだ見てないから、良く分かんないけど。広い荒野にボコボコ皆で穴を掘ってるシーンが予告にあってさ。面白そうだと思ったから。牧も好きじゃないかな、と思ってそれで…」

 

田宮が喋り続けるのを聞きながら、俺は段々自分の世界にのめり込んで行った。

 

誰もいない場所に開いた深い穴…。

 

俺はずうっと「死ぬ」ってことについて、考えていた。いや、取り付かれていたって言った方がいい。

 

学校でも家でも外にいても、窒息しそうに恐ろしい毎日。

 

首を吊ってやろうか、手首を切ってやろうか、海で溺れ死ぬのがいいか。

 

だけど俺が死んだら、俺の葬式で、俺にすがってわざとらしく泣くお袋と、その横で、さも悲しそうな顔を作ってみせるだろうあの男の姿が思い浮かぶ。無理矢理葬式に出席させられるクラスメート達。「あいつ前からおかしかったよね。」って、俺の棺を指差して、友達に囁く田村あすかの声まで聞こえる気がした。

 

あいつらを喜ばせるために死ぬのはごめんだ。俺は、誰にも知られないように、ただ消えてしまいたかった。

 

なんだかんだ話かける田宮を無視したまま、お茶だ、コーヒーだ、お菓子だってはしゃぐ奴のお袋にも無言で通して、俺はその映画が始まるのを、田宮の家の居間のテレビの前に座って辛抱強く待った。

 

俺に学校の話をする気も、家のことを話す気も、口を開く気も無いのが田宮のお袋にも分かったらしい、自分の母親が黙ってしまうと、やっと田宮がテレビを点けた。

 

ストーリーにはまったく興味が無かったから、前半しばらくぼんやり画面を見ていた。そのうちやっとそれらしい景色が現れた。

 

そして…

ライン ドット

 

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