ハッピーランド

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ライン ドット

 

俺のこと馬鹿っていうけど、普通の奴だったら、こんなに素直にお師匠様の言う通りにしたかどうか分かんない。

 

何百っている猫の名前を全部覚えろ、って言う方がそもそも間違ってる。

 

とにかく新入社員は俺一人。っていうか社員はそもそも俺一人。どんな薬を作っても確実に効くから、ハッピーランドはいつでも大忙しだけど、社員を簡単に増やせないのはこの薬がお師匠様の魔法で作られる秘薬だから。

 

作り方は簡単なようで難しい。

 

色々な薬草を混ぜるけど、最後に必ず必要なのが猫のヒゲ。薬の用途に応じて、毛色の違う猫を使い分ける。そしてお師匠様の言うように、その猫の魔法名を唱えながら適量のヒゲを薬に混ぜる。

 

ただヒゲは無理矢理抜いちゃいけなくて、ちょうど抜けそうになってるヒゲを、猫様の御機嫌を取りつつ引っ張る。この高度な技が俺にはいまいち会得できないでいる。今日もまたお師匠様の杖が飛んできた。

 

普段は優しいお師匠様だけど、薬の調合にはとっても神経質だ。

 

「あのね、守君。アキュナレスはナンピューニャと恋仲だって教えたでしょ。ナンピュを連れて来てしばらくじゃれさせれば、簡単にヒゲを抜かせてくれますよ。」

「はあ...。」

 

やたらと難しい猫の名前を覚えた上に、ゴチャゴチャいる浮気な猫達の恋愛関係まで把握するなんて、絶対無理。そもそもここの猫ってみんなオス猫だし...

 

「この薬がないと困る人が大勢いるんですよ。もっと真面目に仕事を覚えて欲しいんだけど…。」

 

お師匠様がそう言うと俺をジッと見詰めた。

 

「もちろんここにずっといてくれるつもりなら、仕事の心配はしなくていいんんですよ。それともまだ決心がつかないの?」

「そんなこと言われても...僕、お師匠様に騙された訳だし...。」

「まだそんなこと…守君にこの制服とっても似合うのに。」

 

もうっ!こんな馬鹿な格好が似合うって言われてもちっとも嬉しくないっ!

 

このハッピーランドの制服は猫グルミ。しかも一度着たら脱げないっていうおまけつき。

 

仕事がしやすくって清潔って...

 

動きやすいのは確か。っていうか、この格好にさせられてから、妙に身体が柔らかくなった気がする。清潔っていうかなんていうか、俺が寝てると色んな猫がかわるがわる俺の身体を舐めに来る。猫に舐められた後は、なんだかサラッとして気持ちがいい。

 

「守君がここにずっといるって決心してくれたら、本当に嬉しいんですけど。きっと守君は最高にキュートになりますよ。」

 

つまり、お師匠様は俺にも猫になれって言ってるわけ。

 

そう、ハッピーランドの猫達はみんな、元はお師匠様に連れてこられた人間だったりする。お師匠様が言うには、猫族の中には元々は人間だった猫が結構いるとか。みんな色々と事情があって猫になることを選んだって言うんだけど…。

 

「守君にはずっと家族がいなかったでしょ。ここで、みんなと一緒に楽しく暮らしませんか?」

 

最初は猫グルミを脱ぎたくて、外に出たくて、3日くらいはお師匠様に何を言われても、俺は逃げることばっかり考えてた。でもそのうち、俺の顔を舐めたり、身体を舐めたり、次々にやって来ては、にゃーにゃー、みゃーみゃー話しかけてくる猫達に取り囲まれていることが、妙に心地よくなってきた。

 

この頃は、フワッとした猫の毛に顔を埋めて一緒に寝たら、すごーく気持ちが良いんじゃないかって思ったりする。あいつらと同じ大きさになって、じゃれあって、身体を舐めあって、遊んで、疲れたら好きな相手と一緒に眠る。

 

「お師匠様。」

「なに、守君?」

 

そういう俺の気持ちを見抜いてるみたいに、お師匠様がにっこり笑って俺を見た。

 

「俺、どんな猫になるんですか?」

「そうですねえ...多分このままで、もう少し目の色が明るくなるかな?」

 

俺の猫グルミの色はちょっとづつ変わってきてて、今は真っ白にグレーの丸い模様が背中と両肘、両膝にある。鏡がどこにもないから顔は見えない。もう猫みたいな顔になってるんだろうか?

 

慌てて顔を触ったけど、ヒゲは生えてないみたい。

 

「どうしたの、守君?」

「いえ…。お師匠様、俺が猫になったら、俺のヒゲはどんな薬に使われるんですか?」

「さあ...それは今はまだ分かりませんけど...。でも、守君は若いし、体力あるから、精力増強剤とか疲労回復薬かなあ?」

 

それだけ?

 

人の命を救うとか、他の薬じゃ治せない病気を治すとか、そういう大切な薬になるんじゃないの?ただの疲労回復?

 

俺の不満そうな顔を見たお師匠様が言った。

 

「それだって大切な薬ですよ。疲労やストレスが溜まるともっと大きな病気しますからね。守君の元気をわけてあげれば、幸せになれる人が大勢いますよ。」

 

そうなのかなあ?

 

その晩は月がとっても綺麗で、3日後は満月ってお師匠様の言ってた通り、もうまあるく輝いている。俺がその月を見ながらぼんやりしてると、この頃俺と一緒に寝ることに決めてるらしい、シマ猫のプルカがやってきた。

 

最初のうちは色んな猫が俺のとこに来てたけど、最近は他の猫が来てもプルカが毛を逆立てて威嚇するから、みんな逃げていってしまう。

 

「お前、どう思う?俺が猫になったら嬉しい?」

 

プルカは俺の伸ばした腕に頭をのせると、ゴロゴロ幸せそうに喉を鳴らし始めた。頭を撫でてやると「にゃっ!」って言って俺の指を軽く噛む。次にその指を舐めて「変なもん舐めちゃった」みたいな、ぶぇーっていう顔をしてみせた。

 

「プルカ、人間舐めるのは嫌なんだ?」

 

それには返事をしないで、盛んに自分の前足を舐めて口直しをしてる。

 

「お前、人間だった時は何してたの?どっから来たの?どんな顔してた?ん?」

 

そう聞いてもプルカは答えない。無関心に聞き流して、そのうち俺の腕を枕に寝息を立てだした。その顔が間抜けでとんでもなく可愛い。

 

ペロッとそのプルカのおでこを舐めてみた。舌が毛だらけになる。プルカも喉の奥でクウゥっていうような小さな抗議の声を上げた。

 

「ごめん、ごめん。」

 

お師匠様は3日後の満月の夜、俺が望めば俺を猫にしてくれるって言ってた。猫になっても満月の夜は、人の姿に戻ることも出来るらしい。でもハッピーランドの猫の殆どは、もう人間の姿に戻りたいとも思ってないそうだ。

 

「どうしよう、プルカ...

 

プルカイ・シャスラナス・クーティナシャス。月の魔法で猫になった男の子。

 

お前はどうしてここに来たんだよ?お前も一人ぼっちだったの?

 

返事のかわりにプルカが喉を鳴らした。グルグルグルグル、その音がすごく心地良い。

 

その晩は満月になるっていう朝、俺はお師匠様に言った。

 

「お師匠様、俺、猫になることに決めました。」

「守君...。良かった。決心してくれてどうもありがとう。」

「はい。それで、俺の名前、覚えやすい名前にして下さい。自分で覚えられないような長い名前は困るし。」

「うーん。君の名前は僕が決めるんじゃないんですよね。でも、自分で覚えられないってことは絶対ないから、それは心配しなくも大丈夫ですよ。」

ライン ドット

 

 

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