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「こら、大人しくしろ!えーっと…アキュレス・ナリス・クリラナ、じゃなくてアキュラス…」
「ふみいぃ!」
「この、アキュラ…ええーっ、でぶトラ!」
ちっとも言うことを聞いてくれないデブ猫を叱りつけた途端、後頭部にお師匠様の杖が飛んできた。
「痛っ!」
毎度のことながら、いつも正確に同じ場所を直撃されるのには参る。これ以上頭悪くなったらどうしてくれるんだ!
「いい加減にアキュナレス・ナナス・クリルスの名前も覚えられないんですか?」
「す、すみません、お師匠様。でも、こいつが暴れるからなかなか薬が出来なくて...」
「“こいつ”じゃありません。アキュナレス・ナナス・クリルス!日本人は頭が良いと聞いていたんですけど…君が外れだったのかなあ…。」
最後の方は口の中で小さく呟くと、お師匠様が溜息をついた。
ふん、俺だって別に好きで馬鹿に生まれたんじゃないもんね。ペロッと心の中で舌を出しておいた。
「何回も言うようですけど、猫のひげを使う場合、その猫の正確な魔法名を唱えながら使わなくちゃ効果が無いんですよ。人間はそこのところを知らないから、いくら猫のひげを抜いてもちゃんとした薬が出来ないんです。」
「はい、分かっております、お師匠様。」
「いつも返事だけは良いですね…。」
俺がとっても狭き門である、このハッピーランド製薬会社に就職したのは今年の春。
大学受験なんてとっくに諦めていた俺は、高校を卒業して直ぐ「体力と根性のある若者募集」っていうネットの広告につられて、この製薬会社の面接試験を受けた。
他の会社の面接を受けたことがないから分からないけど、それはかなり変てこな面接だったんじゃないかと思う。
広告に載っていたメルアドに履歴書を送った後、まずは「社長さん」っていう人から施設に電話が掛かってきた。
俺にはまともな親がいなくて、ずっと施設を出たり入ったりで、なんとか高校までは卒業させてもらった。だから高校を出たら自立しなきゃいけなかったわけ。けど、そういう家庭の事情ってやつがあって、俺を雇ってくれる会社ってなかったりして、俺、そん時は結構焦ってたんだ。
その電話でまず社長さんに名前を聞かれた後、「目を瞑って、大きく3回深呼吸をして下さい。受話器を胸に当てて。」って言われた。
随分とおかしなことを言う人だと思ったけど、とりあえず言われた通りにしたら、
「じゃあ、面接の日取りは後で御連絡させて頂きます。」
って言われて、それだけで電話は切れた。
いたずらだったんじゃないかと思ってたら、その3日後に面接の時間と会場までの地図がメールで送られてきた。
首を傾げつつも、その地図の通りにグルグル住宅街を回り込んでいったら、今時こんな家があるのかって思うような、木造のボロっちい家に辿り着いた。そしてやっぱりいたずらだったんだと思って帰ろうとしたら、なんと中から猫が迎えに来た。
「みゃっ…みゃっ...」
短い声で鳴く猫は今にも人語を喋り出しそうで、俺がついて来るかどうか振り返りつつ、らどんどん敷地の中に入っていく。その仕草がなんだか小さな子供においでおいでって誘われてるようで、俺はそれ以上深く考えずにその猫を追うと、草ぼうぼうの庭に足を踏み入れた。
庭を横切って縁先にでると、猫はトットッと小さな足音をたてて、縁側から畳の部屋に飛び上がった。そのまま、クルッと俺の方を向いて前足を片方上げる。
ま、招き猫?
そのまま目が点になった俺に向かって部屋の中から声がした。
「今日はわざわざお越し頂いてありがとうございます。面接を始めますが宜しいですか?」
「あっと、は、はい。」
なんだか調子が狂う。それからは部屋の中から聞こえる声の指示通り、縁側に飛び乗ってみせたり、庭中を走り回ったり、腕立て伏に腹筋までやらされた。1時間近くたって息切れがしてきた頃、
「じゃあ、靴を脱いで中にどうぞ。」
って言われた。
「失礼します。」って一応声を掛けておいてから、靴を脱いで畳の部屋に入ると、そこにはお師匠様、いや、その時は社長って名乗ってた、スーツをきちんと着て正座した、なにやら知的な雰囲気の銀縁眼鏡を掛けた青年と…猫がいた。
っていうか猫がウジャウジャいた。何十匹っていうか百匹以上いたんじゃないかと思う。今にして思えば、多分ハッピーランドの古株の連中がみんな来てたんだろう。
呆気にとられた俺を座らせると、突然社長が俺のおでこに自分の額を擦りつけた。
「あ、あの?」
戸惑う俺には構わず、その後は大小様々、毛の色も長さも違う色んな猫が、社長の真似をして俺にデコを擦り付けていった。
???
俺がボーっとしてると、最後に社長がにっこり笑って言った。
「おめでとう。就職が決まりましたよ。」
「はあ...ありがとうございます。」
「いつから始められますか?」
「えーっと、いつでもいいですけど...」
「じゃあ、今日からお願いできますか?当分は寮生活で家には戻れませんけど、それは宜しいですか?」
社長が首を傾げてちょっと心配そうに俺を見た。気のせいか猫達もジッと俺を見ている。
「それは構いませんけど...。でも荷物の準備とかあるんで今日はちょっと...」
「いえいえ、荷物なんていりません。なんでも寮にそろってますし、寮にいる間は制服でいてもらいますから。」
「制服?」
「動きやすくて、清潔で、仕事するのにピッタリな制服なんですよ。」
「そうなんですか...。」
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