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髷を立てて結った髪は又左衛門達と同じで、その髷が真っ赤な紐で括られている。女物の派手な小袖を着て、その小袖をまた赤いしごきで結わえていた。色白で美しく整った目鼻立ちに、自堕落な遊び女の様な衣装にも関らず、優男と見えないのは爛々と光る鋭い目が見る者を圧倒するせいだった。
「遅い!何をしておった又左。」
「何の、殿。面白い小僧を連れて参りましたぞ。」
他の皆が「殿」と呼ばれた若者を怖がっているのに、又左衛門だけは気に掛ける風もなく、シュラとウマを縁先に押しやった。
「名を聞いても言いませぬ。殿に直に申し上げたいということじゃ。」
シュラがウマの手を握ったまま縁先の若者、織田上総介信長にきちんと辞儀をした。
「上総介様。私は京より上総介様にお会いするために参りました。内々に申し上げたき儀がございます故、お人払いをお願い出来ませんでしょうか?」
それを聞いた途端、上総介が癇症な声を上げた。
「名も名乗らずに何を申すか!言いたいことがあるなら愚図愚図せずに申せ。」
その額に見る間に青筋が膨れ上がるのを見て、シュラが覚悟を決めて話し出した。
「分かりました。私は実は毘沙門天の化身にございます。この度、上総介様の合戦を勝利に導くべく京より参りました。」
大振りの梅の木に背を預けていた又左衛門が目を剥き、内蔵助と他の若者達が鼻を鳴らし、噴き出すのが聞こえた。
はっしと、上総介がシュラに四角い盆を投げつけ、ウマを庇ったシュラがそれを肩に受けた。
「ようもたわけたことを申すものよ。わしの投げる盆一つ避けられんで何が毘沙門天か。そちは気狂いか馬鹿か?どっちか選べ。気狂いなら牢に押し込めて下人どもに犯させようし、馬鹿なら切り刻んで犬の餌にしてくれる。」
シュラが必死の声を上げた。
「本当のことでございます。私は上総介様をお助けするようにと…」
「くどい!」
上総介がシュラを遮った。
「ならばわしが誰と合戦すると申すか?武田か、今川か?それとも美濃か?」
「いえ、恐れながら上総介様は御弟君と戦をなされます。」
その言葉に又左衛門や内蔵助達がシュラとウマを囲むように取り巻き、上総介がシュラを睨んだ。
「そなたはどこの間者じゃ?それを確かめてどうする?この好機に攻め寄せよと誰に告げるつもりであった?」
怯えるウマを抱えるようにして、シュラが悲しげに言った。
「上総介様には生涯に三度私を必要とされますが、この度が一度目にございます。どうか私をお信じ下さい。」
その言葉に上総介が片頬を上げ、酷薄な表情を見せた。
「そなたが誠に神ならその証を見せよ。見せられぬなら切る。」
自分に縋りつくウマの手を外すと、シュラが溜息を吐いて衣装を解いた。ほの淡く光る肌が現れると若者達の口から息が漏れ、上総介が皮肉な声音を吐いた。
「色仕掛けにしては芸がないの。」
それには言い返さずにシュラが顔をつと上げて右手で天を指した。つられて空を見上げた若者達の目に、瞬く間に雨雲が沸き起こるのが見えた。その禍々しく黒い雨雲から稲妻が走ったと見る間に、大音響と共に青い光がシュラの身体に落ち、傍に立っていた若者達の目を眩ませる程に輝いた。
全身を青く光らせ、火花を散らすほどに燃え立つシュラの両眼を上総介だけが、目を逸らさずに見詰めた。
「これは何のまやかしじゃ。いずれか目くらましの術であろう。」
「お信じにならないのなら、このお城を焼いてみせることもできまする。どうか私をお試し下さい。間者なぞではございませぬ。ただ私は上総介様のお役に立ちたいのでございます。」
ゆっくりと手を下ろすとシュラが目を閉じた。その途端、黒雲が掻き消え夏の空が広がり、シュラの身体が元の淡い光に包まれた。そのまま倒れ掛かるシュラをウマが慌てて抱きとめた。
「よかろう、ではそなたを試してやる。」
そう言うが早いか上総介が片足を地面につけ、シュラの腕を掴んで縁先に引きずり上げると、そのまま裸のシュラをうつ伏せに押し倒して圧し掛かった。
「お待ち下さい。どうか、お待ちを!」
シュラの悲鳴に上総介が呟いた。
「ふむ。誰ぞの色小姓かと思えば違ごうたか?」
「あの者に、」
シュラが庭で立ち竦んでいるウマを指した。
「用意させますので、どうかお人払いを。」
「何度言えば分かる。」
上総介がシュラの髪を掴むと力を込めて引き、シュラの半身が痛みに仰け反った。
「二度と人払いなどと小賢しいことを言うな。」
「申し訳ございませぬ。」
カラは上総介を色白で美しい若者と形容したが、この恐ろしい癇癪については何も言ってくれなかった。しかも頭からシュラの言うことを信じていない。雷雲を呼んで見せても信じないのでは、本当に殺されるかもしれないとシュラは絶望的な気持ちになった。
ただ上総介はともかく、庭に立ち竦んでいる若者達はシュラを恐れているように見えた。その若者達に囲まれて小さくなっているウマにシュラが呼びかけた。
「ウマ、こちらに来て私を清めて下さい。」
そう言われたウマが嫌々をするように首を振った。
「わしゃ嫌じゃ、シュラ様。そんなこと、カラ様が悲しまれますだ。」
「いいえ、ウマ。これはカラ様に言われたことなのですよ。」
シュラの悲しげな声にウマが戸惑った顔をした。
「さあ、ウマ。このままでは私が怪我をします。上総介様に抱かれるようにとカラ様がおっしゃったのですよ。」
それでも動かないウマを縁先に引きずり上げると、上総介がその耳元で喚いた。
「愚図愚図しておると今すぐ手打ちにいたす。」
シュラが励ますような笑顔をウマに向け、次に顔を伏せると板張りの縁先に膝を抱えて横になった。恥ずかしそうに丸まってしまったシュラを悲しそうに見下ろしていたウマが、上総介の視線に覚悟を決めた様に、シュラと頭の向きを逆にして沿うように横になると、両手でシュラの尻の丸みを開いてそこに舌を這わせた。
シュラの身体が愛撫から逃げるように益々小さく丸くなり、それにつれてウマも身体を折り曲げてシュラを解し続けた。舌が粘膜を刺激する水音にシュラの微かな喘ぎが混じり、それとともにシュラの身体が輝きを増した。
ウマが顔を離して、シュラの身体に指を滑り込ませると、シュラの丸まった身体が反り返って高い声が漏れた。
「ああっ…はっ…」
その声を聞いて、上総介がウマの襟髪を掴んで引き剥がすと、シュラを引きずって板敷きの部屋に連れ込んだ。
縁先でぼんやりと座り込んだウマと、庭に立ち竦んだ若者達の耳に暗い部屋の奥からシュラの悲鳴の様な高い声が聞こえ、やがて静かになった。
・・・・・・・・・・・・・・・
シュラを一度乱暴に抱いたきり、上総介はもうシュラに何の関心も示さずに、あくまで自分は毘沙門天だと言い張るシュラをウマと共に地下牢に押し込めた。カラに言われた通り上総介に抱かれたためか、シュラには彼が今何をしているのか感じられる。今朝方から始まった合戦がようやく上総介の勝利に終わる所だった。
それにしても、あの男に自分が必要だというのはカラの間違いではないか、とシュラは思った。暗い牢で目を伏せ、戦場の上総介の動きを追ってはいても、上総介は少しもシュラの加護を必要としていない。自分ではなく上総介の方こそ戦神の化身ではないかと思った。
上総介と寝ることでシュラが彼に武運を与えられるとカラは言ったけれど、元々彼にはシュラが飲み込まれてしまいそうな強烈な何かがある。それが上総介自身の運なのか、力なのか、気力の強さなのか、その全てでもあるのか。
はっきりしているのは彼が神や仏など信じてもいなければ、頼ってもいないということだった。
シュラを抱き終わった後で、上総介が聞いた。
「神と言うならお前は天から降って来たと申すか?親はおらぬのか?」
「いえ。京でカラ様という方に拾われる以前は、鴨川の河原で死に掛けの乞食の群れとおりました。母は私が拾われた夜、その河原で死にました。」
正直にそう答えると上総介が初めて笑った。
「それは良い。気に入った。」
何が気に入ったのかは分からないまま、シュラとウマは地下牢に閉じ込められた。あの場で殺されなかっただけ良かったのかもしれない。
溜息を吐くとシュラは牢の隅で丸くなって眠っていたウマを起こした。
「ウマ、もうじき戦が終わります。私達もここを出ましょう。」
「けんど、シュラ様。錠が下りてますけ。」
「それなら大丈夫です。戦が終わって皆が戻る前に逃げましょう。上総介様が戻られたら今度こそ私達は殺されるかもしれません。」
シュラが右手を上げて手のひらを牢の外に向けてかざすと、徐々に手の平の中心に青白い光が溜まり出した。やがて右手が明るく輝く光の玉と化すと、シュラがゆっくり人差し指を錠前に向け、その指先から放たれた青い炎に錠前が音を立てて粉々に砕け散った。
「さあ、早く。皆戦に出かけて今なら城は空です。裏手から出て一気に国境まで行きましょう。ウマ、走れますか?」
「ほんなら、京に戻るんで?」
「ええ、伊勢の国に入れば後は何とかなるでしょう。お腹が空いているでしょうけど...」
ウマがにっこり笑うと首を振った。
「京まで飲まず食わずでも走れますだ。帰えれるんなら幾らでも走りますけ。」
「頼りにしています。」
顔を見合わせて微笑むと、二人は難なく監視の薄い城を抜け出て、伊勢までの道を駆け抜けた。日が暮れる前に宿場で飯と一刻の仮眠を取ると、二人はまた宿を出て夜の街道を駆けた。服を脱ぎ、裸で獣の姿のウマの背に跨ると、シュラが頭上に雷鳴を鳴らし、稲光に二人の姿を隠した。
その後信長は桶狭間に今川義元を破り、浅井長政の裏切りに九死に一生を得、やがて天下統一半ばにして倒れる。
その数たびの彼の危機にシュラが手を貸したのかどうかは分からない。
時代が下ってカラもシュラも福を呼ぶ神として人に祭られるようになった。
ウマ、ウシ、イヌがどうなったのか今となっては分からない。
今は昔の物語り。
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後書き
短編を書くつもりでちょっと長くなりました。最後まで読んで頂いてありがとうございます。一々注釈のいる話ですみません、お分かり頂けたでしょうか?一応七福神のうち大黒天と毘沙門天のお話です。ウマ、ウシ、イヌっていうのは馬、牛、犬だったっていう…。家の中に七福神のイラストのついたある物があって、妄想癖のある管理人がそれを見てこの話を思いついてしまいました。書いた本人は割りと気に入ってますが、ラストが落ちませんでした。織田信長を出した時点で失敗だったかも。この人、神も仏も信じそうにないなと思ってこういう終わり方になってしまいました。