宝船

ライン ドット

その晩、畑の脇に建てられた小さな小屋で、月明かりに照らされてウシとウマが何度も身体を重ね合わせた。疲れて身体を離しては、またどちらからともなく手を伸ばしては上になり下になりして抱き合う。

 

「泣くな、ウシ。お前に泣かれると、わしも行きとうのうなる。」

「もう会えんのじゃろか?尾張なんぞという所へ行ったら二度と会えんのじゃなかろうか?」

 

ウマにも答えようがなかったが、わざと明るい声を出した。

 

「そんなわけはなかろう。シュラ様じゃとてカラ様に会いに帰って来られるはずじゃ。なんの、上総のすけとか申す男が合戦に勝てば良いのであろう?カラ様はシュラ様にはそういうお力がお有りじゃと言うておられた。簡単なことじゃ。」

「そうかのう?そんならば良いが...。」

 

そう言ってウシが溜息を吐いた。

 

「わしは一人になるのは嫌じゃ。」

「何を言うておる。カラ様もおるし、イヌもおるで。」

「そんでも嫌じゃ。ウマがおらんようになるのは嫌じゃ、嫌じゃ。」

 

ウシが泣きながら、またウマに抱きつくと口を吸った。

 

同じ月明かりに照らされた庭を見ながら、シュラが静かにカラの話を聞いていた。自分に雷を操り、雷鳴を轟かせる力があると言われても、不思議な物語を聞く程の実感もない。途切れることのないカラの話を黙って聞きながら、心は地獄の闇を思っていた。

 

自分が戦神であるということが有り得るだろうか?私はあの河原で死ぬはずの運命であったのに。

 

その心の呟きが聞こえたかの様に、カラがふと話を止めた。

 

「御自分のお力を疑ってはなりません。それはシュラ様にとって、とても危険なことです。」

 

蒼い月の光が几帳の中まで差し込み、カラの美しい顔がいつにも増して冴え冴えとして見えた。その濡れたような瞳を見詰めてシュラが問いかけた。

 

「カラ様は私をこのために慈しんで下さいましたのか?」

「シュラ様?」

「私を愛おしいと思っては下さらなかったのですね。」

 

シュラの頬を伝う涙をカラが指で掬い取った。

 

「愛おしいと思っております。誰よりも。シュラ様は私の命より大事なお方。」

「それなら何故?何故なのですか?」

 

カラが黙ってシュラを抱くと優しく頭を撫でた。

 

「上総介という若者は、京でも見ないような色白の美しい顔をしております。一時だけ我慢なされませ。そうすればまた私達は一緒になれまする。宝の船に乗ってずっと共に居られるようになります。」

 

これまで毎晩繰り返された宝船の話を子守唄のように聞きながら、やがてシュラはカラに抱かれて眠りに着いた。

 

出発の朝、カラとイヌが門から出るシュラとウマを見送りに出た。

 

「ウシの奴はしょうがないわ。昨日も一日中なんもせんと、今日も見送りにも出よらん。」

 

ぶつぶつ言うイヌをカラが窘めた。

 

「これ、余計なことを言うでない。シュラ様、道中くれぐれもお気をつけて。ウマや、シュラ様を宜しく頼みますよ。」

「はい、カラ様。」

 

カラがウマに向かって深々と頭を下げると、ウマが戸惑ったようにシュラを見た。

 

「カラ様、お顔をお上げ下さい。お別れの前にようお顔を見せて下さいませ。」

 

シュラにそう言われて、カラが涙に濡れた頬を上げた。シュラが手を伸ばしてそのカラを抱きしめると、

 

「合戦が終わったらお顔を見に戻って参ります。必ず戻ります。」

 

そう言って振り向き、もう後を振り返らずに門を抜けて走り出した。ウマがカラにお辞儀をすると慌ててそのシュラを追い駆けた。

 

ウマが呆れるほどにシュラの足は速く、昼近くにはもう京を出て宇治川の辺にまで辿り着いた。足早に歩いていたシュラがそこで足を止めると京の方角を向いた。

 

「ウマや、もし引き返したいのならそうするが良い。カラ様もお咎めはしますまい。そなたにはウシが待っています。」

「いんや、シュラ様。わしはシュラ様と行くと決めました。シュラ様お一人で尾張なんぞという所に行かすなんぞ出来ません。」

「ウマ…ありがとう。心強く思いますぞ。」

 

京から山城の国を通って、逢坂の関を越え、近江の国を経て東海道を下り、伊賀でまた関を越え、伊勢一国を経てようやく尾張に出る。逢坂の関を越えて直ぐに日が翳った。シュラは脇目も振らずに歩き続ける。

 

「あの、シュラ様。今夜の宿はどうなされるので?」

「夜通し歩くつもりです。ウマが疲れたらどこかで野宿でもしましょう。」

「へ?そんでも夜道は危ねえですし、飯も食わんと...。」

「カラ様に頂いた味噌と米がありますから、ウマはそれをお食べ。」

「ほんでも、シュラ様は?」

「私は平気です。私はただもう、一刻も早くお役目を終えて京に戻りたいのですよ。」

「そんなら、わしも。」

「ウマは無理をしなくていいのです。」

「わしだって、早よう戻りたいのは同じですけ。」

 

暗い夜道をまるで日に照らされた明るい道を行くように、シュラが飛ぶように歩いた。ぼんやりと光るそのシュラの身体を追って、ウマも後ろから駆けて行く。突然その二人の前に黒い影が立ち塞がった。

 

「こんな夜更けに怪しい奴らじゃ。」

「ほんまじゃのう。」

 

からかう様に声を掛ける影は一つではなく、道の脇の草むらからわらわらと四人、いや五人が二人の前に立ちはだかった。ウマが小さく悲鳴を上げ、なお歩き続けようとするシュラを引っ張って止めた。松明に火がともされ、二人の姿が照らされた。

 

「これはまた、子供じゃぞ。」

「なんとまあ、絹物を着ておるわ。都の子であろうか?」

「めんこい子等じゃ。儲けもんじゃぞ、こりゃ。よほど高うに売れるわ。」

 

無遠慮な視線と嘲笑に晒されて、真っ青になって震えるウマを庇うとシュラが静かに話し出した。

 

「人買いに私をお売りになるのなら、この絹の衣装は脱ぎます故、どうぞまずこの場で私を抱いて下さいませ。」

 

一瞬、その場の全員がぎょっとしたように凍りつき、直ぐに一人が気を取り直して、震えているウマを掴んだ。それを見てシュラが声を上げた。

 

「その者はお放し下さい。どうか私を先に。」

 

そう言ってシュラが水干を脱ぎ捨て、着物の前をはだけると輝く肌が夜目にも露になった。ウマを掴んでいた男がウマを放すとシュラに向き直った。

 

「シュラ様、いけません。」

 

シュラに駆け寄ろうとするウマを男達の一人が掴まえた。暴れるウマを横目で見ると、シュラが自分に馬乗りになった男に向き直った。そのシュラの身体が一際明るく輝くと同時に、バチッというような音がして、シュラに圧し掛かっていた男が吹っ飛んだ。

 

裸のまま立ち上がったシュラの肌から、バチバチと火薬の爆ぜる様な音が立ち、青白い炎が飛んだ。その異様な光景に、地面に倒れ付したまま動かない男を捨て、残りの男達が我先に逃げ出した。シュラがその逃げ惑う男達の背に指を向けると、指先から発せられる青い光が男達を次々に打ち倒していった。そしてその全てがあっという間に終わった。

 

男達が動かなくなると、シュラが地面に屑折れた。熱を発するような輝きが消えて、淡い光がぼんやりとその身体を覆う。腰を抜かしていたウマが慌ててシュラににじり寄った。

 

「シュラ様、大丈夫で?お怪我はねえですか?」

「ウマ...

 

シュラがぼんやりした目をウマに向けると言った。

 

「ウマ、私を抱いて下さい。」

「そんなこたあ出来ねえす。」

 

今しがた目にした恐ろしい光景が、ウマの全身を震わせていた。それでなくとも、カラの想い人であるシュラを抱くなど、生き身の仏を抱くようで恐れ多くて出来はしない。

 

「でも震えが止まらないのです。」

 

シュラの身体は淡い燐光を発しながら、小刻みに震えていた。ウマはそれに気づくと、シュラに服を着せてしっかりと抱きしめた。カラがよくそうしていたように、シュラの髪をそっと撫でてみる。そうしているとウマ自身の震えも納まってきた。

 

「ありがとう、ウマ。もう大丈夫です。」

 

やがてシュラが落ち着いた声で言った。

 

「ウマ、この者達には仲間がいるかもしれません。ここからなるべく遠くまで夜が明けぬ内に行きたい。申し訳ありませんが、獣の姿になって私を乗せて行ってはくれませんか?」

「へえ、そんでも暗くて道が分からんのですが?」

「大丈夫。私には見えていますから、私の言う通りに走って下さい。」

「ほんなら、やってみます。」

 

ウマが服を脱ぐと地面に四つん這いになった。そのまま頭を抱えて唸ると、ぐっと背中が盛り上がり、やがて若駒がすっくと立ち上がった。シュラがその額を撫でて話しかけた。

 

「では頼みます。」

ライン ドット

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