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でもスケッチブックっていうのは、いいアイディアなのかもしれない。園内はカメラ撮影禁止って言われて、俺達は案内係りの人にくっついて、石畳の歩道を踏み外さないように気をつけて歩いた。
回遊庭園って言うらしくて、池の周りを散歩しながら行くと、小さなお茶室がお庭の景色を眺められるポイントに作られている。
「昔の人ってほんとに小さかったんだね。お茶室も可愛いサイズ。」
「そう言えば、メットに置いてある昔のベッドとかも小さいよな。」
「へえ、そうなんだ。」
一見とってもシンプルな小さな建物も、細かい所は贅沢に凝った作りになっていて、案内のおじさんが一つ一つその意匠の名前を説明してくれた。
そして最後に池を見渡す高みに作られたお茶室に出る。
「わあっ、綺麗…。」
計算されつくして作られた庭園は、ここだけまったく別世界になってる。
「このお茶室は池に映る月を眺めて遊ぶ、お月見のための茶室として使われました。」
完璧に整えられた小さな世界で、四季折々に楽しむ雅び。同じ日本人って言っても、俺には縁もゆかりもない世界だ。
でもふと、この小宇宙に閉じ込められてしまったら、って考えて息苦しくなった。
約1キロ程の、ゆっくり歩いても1時間くらいの庭園を回るコース。やんごとない方々は、こういう美しい別荘に住んでいて楽しかったんだろうか?外に出たいとは思わなかったんだろうか?
外に出ると何だかホッとして、そしたら急にお腹が空いた。
「朝からあんなに食べたのに。」
「バスから見えたろ?ほら、途中で美味しそうな和菓子のお店に人が並んでたじゃん。」
「じゃあ駅まで歩く?」
「うん!」
桂川の横の道をしばらく歩いて駅の方に曲がると、バス停の少し先に俺が目をつけておいた和菓子屋さんが現れた。観光地のせいか、それとも美味しいお菓子があるからなのか、店先に行列が出来てる。
日本人の悲しい性で、行列を見ると並ばずにいられない俺は、途端に小走りになった。
「おい、何だよ?」
「早く並ばないと売れきれちゃうかも!」
「だから何が?」
「いや、分かんないけど…」
意味もなく走る俺に祥平は呆れてたけど、俺が駆け出すと付き合ってくれた。行列に並んでからは、前の人が注文してるお菓子の名前に耳を澄ます。
きんつば、おはぎ、だんご、きなこ餅…。
どれも美味しそうで決められないでいる内に俺の順番が来て、店頭の陳列棚の前に出た。
「何にしまひょか?」
「えーっと…じゃあ、きんつばときなこ餅とそのお団子も…」
「おい、そのくらいにしとけよ。」
「きんつばは日持ちしますよって、大丈夫ですよ。」
「じゃあこっちのお饅頭もお願いします。」
「はい、おおきに。一つずつでよろしおすか?」
「きんつばは二つ下さい。」
「ほなら、千円ちょうどになります。」
中身のあんこのせいか、渡された袋がずしっと思い。きんつばは後で食べることにして、早速お餅を摘んでみた。
「美味しい!」
祥平が呆れたように首を振る。
「そうやって食ってばっかりいてよく太らないよな。」
「そんなことないよ。今日は沢山歩いたし、普段は間食しないもん。」
「嘘つけ。モールに行っても、ゴディバの店があると必ず何か買って食うじゃんか。」
「そうだっけ?」
食べると機嫌が良くなるって言われるけど、美味しいものを食べて嬉しくない人なんて居ないよね?
とは言うものの、お昼近くに甘い物を食べてしまったせいで、ランチの前に食欲が無くなってしまった。
「ごめんね。祥平が食べたい物選んでくれたら、俺、付き合うから。」
「いいよ。清水寺の前って結構長い坂なんだろ?途中で適当に食って、休みながら行こうぜ。」
「坂が長いなんて大げさな。」って思ったけど、歩いたらほんとに長かった!
(あーあ、中学生の時に確かここ歩いてるはずなんだけど…。あの時は疲れたなんて思わなかったのになー。)
観光って最後は足が勝負だから、普段から歩き慣れてないと結構疲れる。
それでも流石に京都は凄いって思うのは、清水寺も金閣時も、建物やお庭の素晴らしさに、着いてしまえば疲れを忘れてしまうからだ。
その夜は宿に戻ってお風呂に入った途端、くたくたになって眠った。次の日は沢山の外国人観光客と一緒に御所のツアーに参加して、午後にはもう電車に乗って東京に戻る。
「やっぱり京都は良いよね!楽しかった。」
「うん。」
「また来ようね!」
「ああ…そうだな。」
ちょっと口篭った祥平が、でも俺の顔を見て微笑んだ。
そうだった。「また来よう。」なんて簡単に言っちゃったけど、日本に来るのは祥平にとっては決心のいることだったのに…。
(また一緒に来ようね、日本に。)
心の中でそう呟くと、俺は祥平の顔を見つめながら軽く手を握った。その手を祥平がギュッと握り返す。
その日、姉貴のマンションに戻ってから例のきんつばと京都駅で買った八橋をお土産にあげた。
「和樹君は?」
「今日は仕事なの。」
「ふーん。」
プロポーズの件はどうなったのか聞いてみたかったけど、姉貴はサッサと話題を変えた。
「あの宿、どうだった?京都らしくて良いところだったでしょ?」
「あ、うん。」
「あそこなら少々の音は聞こえないもんね。」
「いや、だからさ…」
そんな、いつもいつも声上げるようなことしてるわけじゃないのに。第一印象ってやつ?姉貴にはすっかり俺のこと誤解されてる。
その夜、実家の方に電話を入れて皆と話したら、お正月にまた来るようにって約束させられてしまった。
その後で、親父が祥平に代わってくれって言うから祥平に携帯を渡したら、また親父が長々と何か話し出したらしい。俺の方にウィンクしながら、祥平が携帯に向かって何度も「はい。」って繰り返した。
「親父、何だって?」
「うーん。敬吾のこと宜しくって。お勉強頑張って下さいって…あ、それと車の運転には気をつけてって。」
「また、そんなことまで…。」
「ちょっと涙声だったかも。」
「えー?何で??」
祥平がクスって笑うと言った。
「お正月に会いに行かないと、俺が恨まれそう。」
「ほんとあそこまでしつこく念押さなくてもいいのに。じゃあさ、お正月にまた一緒に来てくれる?」
返事の代わりに祥平が俺の手を握ると、頬に軽くキスした。
―――そしていよいよ帰る日の朝。
姉貴と駅で別れる時、俺は不覚にも涙が出そうになった。
「いやだ、またお正月に来るんでしょ。どうしたのよ、メソメソしちゃって。」
「別に…メソメソなんてしてない。」
「ほんっとにいつまでも子供なんだから。」
そう言いながら姉貴が俺をギュッと抱き締めると、背中をポンポン叩いた。
「ちょっとは大人になったのかと思ったのにねー。」
「姉ちゃん…」
「だからここで泣かないの。」
「うん。」
急に帰りたくなくなって、姉貴とも実家の皆とも離れるのが嫌で、日本語で話せなくなるのが心細くて、なんか帰る直前にすっごいホームシックみたいになってしまった。成田まで電車からの景色を見ては、胸が締め付けられて鼻をグズグズいわせてしまう。
日本に居る間はやっぱり気が緩んでたっていうか、これからまたアメリカに戻って、英語で仕事して…そう思った途端、何だか自分が普段すごく無理してたのが分かったみたいだ。
そしたら突然、やっぱり日本の方がいい!俺は日本人なんだから、日本が合ってるんだ!ってガーッて感じに涙が溢れてきた。
祥平が時々、そんな俺の頭を黙って撫でてくれる。
飛行機に乗ってからもずっと後ろ髪を引かれるっていうか、そんな感じだったのに、眠れないままに機内食の朝ごはんを食べて、最後に飛行機がベイに向かって降下を始めた途端、
「わあ!」
外を見た俺は思わず叫んだ。
明るい青空を映すキラキラ光るベイの細波。オレンジに塗られたコンドの屋根の列。ヨットが水面を気持ちよさそうに滑り、ハイウェイを眩しい日の光を跳ね返しながら、豆粒みたいな車が走る。
爽やかな日差しと風が感じられそうなその風景を、飛行機の窓に鼻をくっつけて俺は夢中になって見ていた。飛行機が角度を変えてベイに近づくたびに、見覚えのある建物やハイウェイを見つけてホッとする自分に気づく。
(家に帰って来たんだー。)
切なくて甘いような感傷が、お腹の底から湧き上がって来るような喜びに変わった。
クルッと振り向くと「やっと着いたね!」って祥平に笑いかける。
そしたら祥平が「ハーッ。」って溜息をついた。
「脅かすなよ…。日本に戻りたいって言い出すんじゃないかと思って、ずっと冷や冷やしてたんだぞ。」
「うん。さっきまでアメリカに戻りたくないって思ってた。でも、良く分かんないけど、この景色見たら途端に元気になっちゃった。」
俺がそう言ってニコニコ笑うと、祥平が俺の髪を撫でながら「きっと皆、首を長くして待ってるぞ。」って言った。そして頬を寄せると、俺の肩を抱いて一緒に窓の外を見る。
そう、ここには俺の大切な家族がいる。
(アヤちゃん、シンディ、キャンディも。パパ達、もう直ぐ帰るよ。待っててね!)
グングン近くなる窓の外の景色に目を奪われながら、俺は心の中で皆に呼びかけた。
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これで第二部本編は終了致しましたが、続きはおまけで「帰省」の番外編を祥平視点で掲載してます。もし宜しかったら、そちらもお読み頂けると嬉しいですm(_ _)m