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「親父、ごめんな。ずっと内緒にしてて。市民権のこととか、色々。」
「お前の仕事は順調なんか?」
「あ、うん。実はさ、前の会社も辞めたんだよね。でも、今の会社の方が給料が良いし、上手くやってるよ。」
この際、いつ潰れてもおかしくない会社だってことは、黙ってた方がいいだろう。
「首になったと?」
「違うよ。自分で辞めたの。同じ会社に5年以上いるエンジニアって少ないんだよ、向こうは。」
「向こうは」っていう俺の言い方に親父が顔を顰めた。「アメリカでは」とか「あっちでは」とか、どういう言い方をしても気に入らないからしょうがない。
それから親父がちょっと俺から目を逸らして、
「あの子じゃけど…あれか、つまり…あの子がその…」
ゴホッ!またわざとらしい咳払いをした。
「だから祥平は俺の恋人だよ。親父がびっくりするのは分かるし、突然驚かして悪かった。でも、俺達、真剣に付き合ってるから、ちゃんと親父にも皆にも紹介したかったんだ。言っとくけど、俺がこうなのは祥平のせいじゃないから、あいつには変なこと言わないでくれよ。」
「う…わかっちょる。そんで…その、あれじゃが…」
「なに?一緒に住んでること黙ってたのも悪かったよ。どういう風に説明していいかわかんなかったし。けど、何回も言うようだけど、俺達真面目に付き合ってるからね。仕事だってちゃんと行ってるし。別にアメリカに住んでるからって、好き勝手してる訳じゃないよ。」
「そいは、わかったけ。わしが聞きたいのはつまり…」
「うん?」
「あの子はお前の嫁なんか?」
は?
「じゃけん、あの子がお前の嫁さんなんじゃろ?」
(うーん、そこがポイント?)
嫁って…それはだからつまり、和樹君と同じ事聞いてる?
しかし、親父の真剣な顔。冗談言える雰囲気じゃないよな。
あれかなあ、やっぱり自分の息子の方が「嫁さん」なのは嫌なのかなあ?祥平の方がどう見ても美人だし、それなら受け入れ易い?
確率的には俺の「嫁率」の方が遥かに高いけど…でも、待てよ。祥平の方が料理も掃除も家事一般得意だ。ゴミ出しは俺がやるから、そういう意味では祥平が「嫁」?
「違うんか?」
そんな不安そうに聞かれると…。
「そ、そうなるかな。」
「ほうか。」
心なし、親父の身体から多少力が抜けたようで、俺は何だか複雑な気持ちになった。
(ごめん、祥平。勝手に俺のお嫁さんにして!)
本当にそれが気になっていたらしく、親父はそれで何となく納得したらしかった。夕飯は子供達も加わって、和気合い合いと進む。
今度は親父の方が積極的に「お嫁さん」に色々質問し出した。
「ほうですか?大学の先生になられるとですか。」
「直ぐには無理ですけど。」
「お医者さんとは違うんですの?」
「はい、患者さんを診察することはありませんから。」
そのうち、姪っ子も祥平に質問しだした。
「しょーへー兄ちゃんは、どうしてお野菜しか食べないの?」
「お兄ちゃんはお肉もお魚も嫌いなんだ。」
「お母さんに叱られないの?」
「そうだね。真似しちゃ駄目だよ。」
「ご飯、お口に合います?何が良いか分からなくて、ありきたりのものでごめんなさいね。」
「いえ、とても美味しいです。俺も今度作ってみます。この野菜の揚げ物とか、紫蘇の葉?パリパリして香りが良くて美味しいし。」
「あら、良かったわー。」
案ずるより産むが易し。「お嫁さん」の一言で親父も納得したし。ああ、良かった。
「マユ、おっきくなったら、しょーへーお兄ちゃんのお嫁さんになる!」
やれやれ、最近の子供は…。皆がドット受ける中、祥平が答えた。
「ごめんね、マユちゃん。でも、お兄ちゃんのお嫁さんは、敬吾おじさんなんだ。」
ウウッ!
テーブルが急に静かになって、祥平が不思議そうな顔をした。俺は必死でフォローする。
「そうそう、お兄ちゃんは敬吾おじさんのお嫁さんだからね。」
祥平の足を膝で蹴って、話を合わせるように合図した。祥平が俺を変な顔で見てたけど、その時マユちゃんが無邪気に聞いた。
「お兄ちゃん、じゃあウェディングドレス着たの?」
「えーっ、マユちゃん。うーんとね、結婚式はまだなんだよ。」
「この子ったら、ごめんなさいね。」
「祥平兄ちゃんは男だろ。ドレスはおかしいぞ。」
「だって、だって、お嫁さんだもん。」
「そうじゃな。ケジメはキチッとつけんとあかん。」
親父…また何を言い出す?
「アメリカじゃあれじゃろ、ほれ、その…お前と祥平君も結婚できるんじゃろ。」
「できねーよ。」
どうしてこう誤解があるんだか…。
「そうなんか?」
「そうだよ。」
ドメスティック・パートナーとして、保険その他を配偶者と同等にカバーする事、病気や緊急の事故の際に家族と同等に扱われ、病室への出入りが認められる事、その他色々法律で保証されている権利はある。カリフォルニアでは特に。
だけど、正式な結婚は認められていない。憲法を改定して結婚は男と女の間のみに成立する、っていう条文を入れたがってる政治家も多い。
アメリカは基本的には保守的な国だ。これから先、ゲイへの風当たりも強くなるんじゃないかと思う。
まあ、そういう細かい話ははしょって、「差別」なんて言葉を使うと心配させるだけだから、法律上の結婚は認められてないってことだけ簡単に説明したんだけど、親父がまた眉を八の字にして、何か考えこんでしまった。と思ったら、夕飯を食べ終わる頃に言い出した。
「今日は泊まってけ。」
「うーん、でも着替えとか持ってきてないし。」
「啓一郎のを使えばよか。」
「いや、それは…」
祥平が嫌がるだろうと思って、口篭もってると、
「じゃあ、私、そこのコンビニで下着とか歯ブラシ買ってきます。」
って義姉が口を挟んだ。
確かに、3年振りに帰って来て突然爆弾宣言しといて、それでこのままサッサと帰るのも申し訳ない。去年も今年も、何で正月に帰らないんだって散々言われたし。
「でも…」
「敬吾、俺ならいいよ。折角だから泊めて貰おう。」
「うん。じゃあ時間が遅いから、俺、自分で買ってくる。」
「俺も行くよ。」
遅くまで開いてるコンビニ目指して、祥平と一緒に駅の方向にブラブラ歩いた。
「で、なんで俺が“嫁さん”なの?」
「あ、その、つい…ごめんな。親父が何か気にしてて。でもほら、祥平、夕飯の支度とか手伝ってたし、料理得意だし…」
「ま、いいけどさ、どっちでも。」
そのまま手を繋いで歩いた。雨の後の湿気を含んだ夜気が、しっとりと肌に気持ち良い。乾燥した空気に慣れた皮膚が潤いを取り戻す。
ゴミゴミした街だけど、それでも俺の育った場所。大切なホームタウン。
その夜は階下の仏間に布団を敷いてもらって、祥平と一緒に寝ることにした。
そして風呂に入って歯を磨いた後、「後先になったけど。」って言って、親父が俺と祥平を仏壇の前に座らせる。
「ちゃんと挨拶しなさい。」
「う、うん。」
(祥平、こういうの信じてないのに。)
それでも数珠を渡されると、祥平は神妙な顔をして手を合わせてくれた。俺は一応心の中で挨拶だけする。
(じいちゃん、ばあちゃん、びっくりした?こいつが俺の好きな人だよ。俺の“お嫁さん”なんだ。奇麗で頭が良くて、ちょっと変わってるけど、最高の“お嫁さん”だよ。じいちゃんが生きてたらきっと反対したよね。でも、今は天国にいるはずだから細かい事は気にしないで。今度ちゃんとお墓参りに行って、またお墓の掃除も手伝うからね。)
親父も一緒に手を合わせた後、ようやく開放された。
「ふぁー、緊張した。」
そう言うと、大の字になって布団の上に寝転がる。
「俺も。けど、お前ってほんとに幸せだよな。」
「…うん。」
親父は頑固だし、きっと怒鳴りつけられて、下手したら家から追い出されるかと思ったのに…。親って意外とキャパが大きかった。お袋も、兄貴も、義姉さんも、みんな戸惑いながらも俺達のことを受け入れてくれた。
親父も兄貴も普通のサラリーマンだけど、少なくとも俺が勝手に思ってたみたいに、心が狭いわけじゃない。家族ってありがたい。
俺って実は無条件に…
「愛されてるよな。」
俺の思ってたことを祥平がボソッと呟いた。こういう時、何て言えばいいんだろう。「縁を切った」っていう祥平の家族。
“敬吾だけが俺の家族だから…”
少し離れて敷かれた2組の布団を引っ張ってくっつけた。それから祥平の頬にキスして宣言する。
「祥平は俺の大事な“お嫁さん”だよ。もう、うちの家族だからね。」
祥平がクスクス笑った。
「それは勘弁してよ。2人の時は敬吾が嫁さん。」
「分かった。じゃあ、俺の大事な旦那様。」
「ぎゃー、気持ち悪い!鳥肌立った!」
「えー、なんでだよ!」
その夜は、お互いの吐息と体温を感じながら、ただ一緒にくっついて眠った。
次の日も引き止められたけど、姉貴が京都まで2泊3日の旅行をプレゼントしてくれたんで、その準備のために夕方には実家を出た。
「また是非来て下さいね。」
「祥平お兄ちゃん、敬吾おじちゃん、バイバイ!」
「今度はちゃんと正月に来い。」
「加奈子さんに宜しくね。」
口々に見送られて、手を振り振り歩く。角を曲がって皆が見えなくなった所で、祥平が呟いた。
「おじさん、良い人だね。俺に敬吾のこと宜しくって。」
「え、親父がそんなこと、いつの間に?」
「ご飯の後、歯磨きしてたら“ちょっと”って呼ばれたんだ。」
トイレかと思ったら、2人で仏間で話してたらしい。
「敬吾は小さい時から何かあると直ぐ泣くし、怖がりで1人じゃトイレにも行けなかった弱虫なのに、アメリカなんか行っちゃって心配でしょうがないって。末っ子で皆で甘やかしたから、どうしようもない我が侭だけど、自分にとっては大切な息子だからって。」
「親父がそんなこと…。」
「ちっとも我が侭じゃないけど、今でも怖がりです、って言っといた。」
ま、そうだけど。
「直ぐ泣くし。」
それも否定はできない。
「親父の奴、余計なことばっか。」
「心配なんだよ、敬吾のこと。」
「もういい大人なんだから、そういうの嫌んなっちゃうな。」
「いいじゃない。そういう風に心配してくれる人が居るって。」
笑いながら祥平が続けた。
「他にもさ、色々聞かれたけど。結婚式はしないのかって聞かれて、どう答えようかって。」
「えー!あんだけ結婚は出来ないって言ったのに?」
「籍は入れられなくても、式だけでもって。」
はああ…何故そうしつこい?
「やっぱり心配なんじゃない?こう…証明みたいな、保証みたいなものが欲しいんじゃないの?形っていうか。」
保証…。結婚してたって、そんなの今時どこにも無いのに。
「俺、敬吾となら良いよ。ダイヤの一杯くっついたウェディングドレス買ってよ。バージンロード歩いてあげる。」
「バージンって…ププッ、そりゃいいね。」
そう言って笑ったけど、ほんとはそれも悪くないって思う。祥平も笑ってたけど、ちょっとはそう思ってくれないかな?
一度だけ、二人で永遠を誓い合う。例えそれが泡のような幻だとしも、信じてみたい。喜びも悲しみも全て共に、死が2人を別つまで。
法律で縛られたい訳じゃない、誰の保証が欲しい訳でもない、けどその想いが本物だと、心から信じてるって伝えたい。
目の前の人に、ありったけの愛を込めて。
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これを書いてた頃は、カリフォルニアでもゲイ婚は禁止だったんですよね。これから11月に向けて、住民投票でゲイ婚を許可するかどうかが争われるわけなんですけど、そこら辺、お話の中ではややこしいので、そのままにしておきました(汗)
それと、今回は敬吾のカムアウトについて書きましたので、最近のカムアウト事情について日記(『カミングアウト』)に書いてみました。もし宜しかったら、そちらも読んでみて下さい。
そして再び敬吾のお父さん登場で、怪しい鹿児島弁...(滝汗)
もしご面倒でなければ、あまりにおかしな箇所だけでもご指摘頂けると大変嬉しいですm(_ _;)m