![]()
そして学会に出発するっていう日の1週間くらい前から、また祥平のパラノイアが始まった。
とにかくアラームのスイッチの入れ方、解除の仕方、ガスの元栓の場所、ブレーカーの上げかた、あーだこーだとクドクド繰り返す。
おまけに…
「いいよ。自分の手とか撃つのがオチ。」
「だからちゃんと練習に行けばいいのに。」
「やだよ!絶対そんなん使わないし。」
俺に拳銃の使い方まで教えようとする。
俺の見てる前で、まず銃をバラバラに分解した後、オイルを吹き付け、布で丁寧に拭いて手入れしてから、またきちんと組み立てた。それから一つ一つ弾丸を込める。
「ちゃんと相手に狙いつけてから安全装置外せよ。慌てて外すと足撃ち抜くぞ。」
「だから使わないって…」
とは言うものの、俺が一通り使い方のレクチャーを受けるまで、しつこいのは分かってるから、黙って最後まで説明させることにした。
ヴァニティの鏡に向かって祥平が銃口を定めると、鏡の中の俺に照準が合った。カチリと安全装置が外れると、ブルっと身体が震える。また安全装置を掛けてから、祥平が俺に銃を渡した。
「はい。やってみて。」
「…。」
小さな銃なのに弾が込めてあるせいか、手にずっしり重い。今まで祥平の手に握られていたのに、その銃身の冷たさにまた震えがくる。そっと右手を上げて鏡に向けて手を伸ばした。
「片手じゃ駄目だよ。両手添えてしっかり握って。足開いて、肩を窄めない。身体はしっかりターゲットに向けて、目を開く。」
そう言われてもブルブル震える銃口はちっとも定まらない。
「やっぱ無理!」
カウンターの上に銃を置いて訴えた。
「そんなに嫌?怖いの?」
「嫌だよ!怖いし。なんのためだよ、こんなもの。この辺は安全じゃん。アラームもセットするし、キャンディ達もいるし。俺、暖炉の火掻き棒とかなら振り回すけど、銃は嫌だ。見るのも嫌!」
例によって俺が涙目で訴えたら、それ以上は無理強いしなかったけど…。
拳銃持ってる人って、それで自衛に成功するより、自分を傷つける確立の方が高いって聞く。祥平だって実際に銃を使ったのは一度だけ…自分に対して。
前の会社に居た時、入社したばかりの受け付けの女の人が2週間ほど来なくなった。受け付けはコロコロ変わるから、彼女も直ぐ辞めたのかと思ってたら、実は入院してたって聞いた。
「部屋の模様替えをしようと思って彼と一緒にキャビネットを動かしてたら、棚の間に置き忘れてた銃が、床に落ちて暴発しちゃったの。」
って説明してた。
銃は彼女の脇腹を撃ち抜いて大動脈を切断し、一時は出血多量で危なかったとか。
ごく普通の人の家に、割と普通にある拳銃。
祥平に言わせると、
「なんで実弾入りの拳銃が“たまたま”そんなとこにあるわけ?そいつらアル中かドラッグアディクト?そうじゃなきゃ、そんなとこに弾込めてほったらかしてあるわけねーじゃん。その彼氏と喧嘩して“殺してやる”とか“死んでやる”とかやってるうちに怪我したんじゃねーの。」
(それなのになんで皆、銃なんて持ちたがるんだろう?)
祥平だって、子供の手の届く所に弾の入った銃が放置されてなければ、それを使うことも無かった。
無責任な大人。好奇心旺盛な子供。
自殺しようなんて思ってなくても、事故はいくらでも起こる。
銃なんて大嫌いだ。武器なんていらない。でっかい磁石を作って、世界中の殺し合いの道具全部くっつけて、そのまま宇宙の果てまで飛ばしてしまえばいい。
「違うよ、敬吾。怖いのは人間。道具じゃない。これは人間が作った道具だよ。」
そう…。誰かの不安な心が銃を求めさせ、その手に握らせる。
「とにかく、俺は絶対そんなものに触んないから。祥平と住むまではずっと一人暮らしてきたんだ。1週間くらい留守にするからって大袈裟なんだよ。」
「分かった。けど、敬吾になんかあったら俺、俺は…」
その先は言わせたくなくて、聞きたくもなくて、俺はわざと明るく遮った。
「サンディエゴって結構大きな医学部あるんだろ?学会とかってネットワーキングするチャンスなんじゃない?」
「うん、まあ。CVにも書けるし。」
「じゃあ、楽しんでおいでよ。準備さえ終わったら、色んな人に会って話せるじゃん。」
出発の日は月曜日で、朝早く空港まで送ってあげた。これで1週間もお別れかと思うと…
実は嬉しいかも?
(ああ、開放感!)
そう、その週は掃除もロクにせず、皿はシンクに積みあげ、カウチに寝転がってポテチを噛り、グラスをコースター無しでテーブルに放置し、仕事から帰ると日本語のビデオを見て、グデグデ、ダラダラして過ごした。
祥平がいないと、なんてお気楽。これがホントのカウチポテト。
飯は適当に冷凍のコロッケとか餃子を温めてすませ、大量に買ってきたドーナツをホットチョコレートと一緒に頬張る。
天国、極楽!
ほんとに1週間くらいで帰ってきて貰わないと、このままブタになりそう。そうなったら確実に放り出されるな…。
一人暮らしをしてた時は、特にだらしない方じゃなかったと思うけど、普段緊張を強いられてたせいなのか、とにかくダラケまくってしまった。
祥平からは毎晩電話が来る。
「敬吾、どう?変わりない?戸締まりは?アラームちゃんとセットした?今のうちにもう一回確認して。いいから早く!OK?窓も全部鍵かけた?なにも異常無い?」
まったくうるさい!これだからいないと開放感に溢れるんだっつーの。
「敬吾がいないと淋しいよ。敬吾も俺がいないと淋しい?愛してるよー。チュッ、チュウウウーッ!」
「お、俺も淋しい…早く帰って来いよ。」
(ま、それでも可愛いところもある。)
それに広いベッドに1人で寝るのは確かに淋しい。エッチが出来ないとかいうだけじゃなくて、夜寝る前にしょーもない事でふざけあったりできない。腕が重いとか、足が重いとか、身体の位置を調整してくっついて眠る。
温かい身体が側にないのが凄く淋しい。
そして学会が無事始まったはずの水曜の夜。例によって祥平から電話があった。
「敬吾、金曜の夜、こっちに来れない?」
「え?何で?どうせ土曜には戻るんだろ?」
「だからさ、土曜日一緒にビーチに行こうぜ。帰りの便、日曜に変更するから。」
「だって、今からアヤちゃん達の世話って頼めるかな?」
「2日くらいマーシャ達に言えば平気だろ?なあ、来いよ。ここってさ、ヌーディストビーチがあるんだって。一緒に行こう。」
なんだ…そういう話かよ。
「いいよ。俺、人前で裸になる趣味はないから。」
「別に水着は着てたきゃ着てればいいんだよ。脱ぎたい奴だけ脱げば。スッゲーいい身体のサーファーの兄ちゃんとかいるらしいぜ。」
「…一人で行けば。」
「だからあ、俺はけーちんと行きたいんだってば!」
甘えても嫌!
「こっちは夏は海で泳げるんだぜ。気持ちいいぞ!泳ぎたくない?久し振りだろ?」
まったく…俺を引っかけるコツを知ってやがる。
それに金曜日は祥平の誕生日。やっぱり夜になっても顔見に行ってあげるべきだよなー。一応プレゼントも用意したし。
この辺の海は夏でも寒くて冷たくて、とても泳げやしない。せいぜい風の無い天気の良い日に波打ち際を散歩する程度だ。
海…確かに何年振りだろう?最後に海で泳いだのは学生の時かもしれない。大学の時は友達と時々行った。
ああそうだ、潮の香り。打ち寄せる波に浮き上がる身体。熱い太陽と砂…。
「じゃあ待ってるから。何時に空港に着くか決まったら教えて。レンタカー借りて迎えに行くから。」
結局、乗せられてしまった。
まあいいや。まさか普通のビーチだってあるだろうし、そこで泳ごう!
チケットが取れるかどうか心配したけど、サンディエゴまでの飛行機なんてシャトルみたいにしょっちゅう飛んでいた。週末だからとか何とかでマイレージは使えなかったけど、ギリギリに取ったのに値段もそれ程高くない。
次の日、祥平に明日は空港に9時過ぎに着くって連絡した。
その夜は、それまで溜め込んでた皿をディッシュウォッシャーに突っ込み、カウチにまで掃除機を掛け、テーブルを磨き、洗濯機を回し、ズボラの痕跡を一層すべく奮闘する。
(まあこんなもんだろ。)
2泊程度なら荷物も殆どいらない。下着の替えと靴下、歯ブラシ、水着を詰めれば出来上がり。そうそうプレゼントも忘れずに。
金曜日は職場から直接空港に向かって、車を空港のパーキングに停めた。駐車料金は高いけど、2晩くらいならタクシー代を考えるとそんなに変わらない。
飛行機には、乗ったと思ったらウトウトしただけで、あっと言う間にサンディエゴに着いた。
(やっぱ近いなー。)
サマータイムで特に日が長い今は、9時近くでも空の端が少しだけ明るい。昼間の熱気も残ってる。
南カリフォルニアに来たって感じ?
ゲートから出ると、祥平が走って来た。
「敬吾!会いたかったよ!んんんー、淋しかったー。」
「お、俺も。」
端っこに引っ張って行かれて抱きしめられ、顔中にキスをされる。
何か俺、一人で伸び伸びしてたなんて、ちょっと罪悪感かも…。
それから小型のレンタカーはハイウェイに乗って走り出した。
大学はビーチの側にあるらしく、祥平のホテルもラホイヤっていう観光地にあるから、ダウンタウンとは反対方向に車が走る。時間が遅いせいか広々としたハイウェイは空っぽだ。その中央分離帯に色とりどりの花が咲く木々が植えられて、南国の雰囲気を盛り上げる。
やっぱ海だよねー。ワクワク!
ホテル自体はサンフランシスコのホテルに比べると小さく感じる。車を停めて中のロビーに入ると、こじんまりした家庭的な雰囲気で、ホテルっていうよりB&Bみたいな感じだ。
「誕生日おめでとう、祥平。」
色々考えた末、ネットで注文したベルトをプレゼントした。祥平がちょっと考え込んで、それでもベルトを受け取るとお礼を言った。
「心配しないで。それ革じゃないから。ちゃんとビーガン用のベルト。そのサイト、靴も売ってるんだよ。」
「そうなんだ。探してくれたの?」
「うん。ネットって便利だよね。ちょっと検索したら、直ぐ色んなサイト見つかったよ。」
「ありがとう。大事に使うよ。」
ああ…やっぱり1週間、淋しかった。
窓からは月明かりに煌く夜の海が見える。窓辺のカウチに座って、抱き合いながら潮の香りを吸い込んだ。身体に廻された腕の温もり…静かな波の音。ほんわかした気分でいると、
「明日はブラックス・ビーチに行こうね。」
って言われた。
例のヌーディストビーチ…。
「俺、普通のビーチがいい。家族連れとか行くような。」
「まあまあ、面白いもんが見れるよ。」
「別に興味無い。」
「そう言わないで。ね?」
こいつ…こういう顔、鏡の前で練習してんのか?
上目遣いでにっこり笑いながら、片目瞑って「ね?」なんて言われると、俺、弱い…。
![]()