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会場に何度か着席のアナウンスが流れると、ザワザワしていた会場が静かになってセレモニーが始まった。卒業生の名前が読み上げられ、一人一人がステージに上がり、そこで学長からディプロマのケースを手渡される。
面白いことに、卒業のための単位が揃ってなくても卒業式には出られるそうで、そのために証書は後で本人宛に郵送されるらしい。
卒業生の名前が呼ばれるたびに、会場のあちこから大きな拍手と歓声が沸き起こって、ガッツポーズをしたり、ウィンクしたり、手を振ったりしながら、年齢も人種も性別も様々な卒業生が、次々にステージを横切って行った。
「ショーン・カワサキ」
一瞬、祥平の名前が呼ばれたのに気が付かないでいると、横に座ってたジュン君が立ち上がった。そして両手の人差し指と中指を口に入れ、「ピーッ!」って凄い音を立てる。卒業生の席の方からも口笛や歓声が飛んで、ドタバタ床を踏み鳴らす音がした。
「ほら、ケーゴ!」
そう言って座席から引っぱり上げられたから、俺もその騒音の中、思わず「祥平!」って日本語で叫んだ。
綺麗な横顔に、斜めに被った黒いキャップが良く映える。帽子から下がる紐は博士のための鮮やかな黄色だ。
祥平がステージの上で学長と握手すると、ディプロマのケースを持ってこっちを振り向いた。そして俺を見つけると、そのケースを持ち上げながら、にっこり笑って叫ぶ。
「ケーゴ、I Love Yoouuuu!」
ステージの上から大声で叫ばれて俺が目を丸くしてると、ジュン君が俺を突いた。
「Say something!」
おまけに卒業生の席の方からも、関係ない外野席からも笑い声と歓声が一斉に上がった。
「いいぞ、ショーン!」
「今、あいつ何て言った!?」
「嘘だろ?ありえないって!」
周りの声が聞こえないみたいに、ステージの祥平は足を止めて、俺に向かって微笑んでる。それで騒ぎが一瞬静かになって、祥平の視線を追いかけるみたいに皆が俺の方を振り向いた。
恥ずかしくて真っ赤になりながら、俺は祥平に見えるように「アイ・ラブ・ユー。」って、なんとか口だけパクパク動かした。
俺に手を振ると祥平はそのままステージを降り、通路を歩いて席に戻る間に、周りの生徒達に思いっきり冷やかされていた。背中や腕をバシバシ叩かれたり、拳固で殴られたりしてる。
それを見ながら、俺の方はしばらくボーっとしてた。ジュン君が「ケーゴ、良かったね。」って言ってくれる。写真もビデオも思いっきり撮り損ねてしまったけど、そう言われると嬉しくてちょっと涙が出そうになった。
それからも会場から湧き上がる歓声の中、卒業生へのディプロマの授与が続き、ようやく最後の卒業生がディプロマを受け取った後、ステージに上った卒業生総代が、会場の騒ぎが少し収まるのを待ってからスピーチを始めた。
医学部の卒業生代表って言うから堅苦しい挨拶を想像してたら、それがユーモア一杯の楽しいスピーチ。
「家族からメールで“変なデキモノが出来きたけどこれは何なの?”って聞かれたら“そんなの知らない!”って正直に答えるんじゃなくて、良識ある医大生としては、素早くググって調べるのが正しいやり方だよね?」
ディプロマの授与の時と同じように、会場からドッと笑い声が上がる。
「博士課程ってウンザリするくらい長いと思わない?それに時々まるでテレタビーランドに迷い込んだ気がするんだ。だって完璧な実験結果を提出したと思ったら、教授に“アゲイン!アゲイン!”って言われちゃうんだから。」
最後にでも、彼が真面目な顔で付け加えた。
「それなのにどうして僕らは皆、何年も掛けて博士課程をやり遂げることを選び、経済的には殆ど報われないサイエンスへの道を選んだんだろう? 」
それから彼が「星の王子様」からの短い文章を引用した。
“When a mystery is
too overpowering, one dare not disobey.”
「例え君や僕が一生を掛けて、ほんの数ミリしか謎の核心に近づけないとしても、それでも僕らはその長い探求の道を諦めないだろう。それが科学者としての僕らの使命であり、この道を選んだそもそもの理由だから。そう、知りたいっていう欲求こそがサイエンスの始まりなんだ。」
そう言って顔を上げると、彼が卒業生の皆に向かってにっこり笑いかけた。
「卒業おめでとう、僕の仲間。科学者の諸君!」
一瞬シーンとなった後、会場中が割れんばかりの拍手に包まれた。卒業生達が抱き合ってハグをする。ステージの上では、スピーチを終えた彼が、学長を始め、ステージにズラッとならんだ教授やゲストと握手をした。
そして感動の冷めやらない中、学長がマイクに向かって進むとスピーチを始めた。
「素晴らしいスピーチをありがとう、ジョー。」
そう言ってステージから降りる彼に拍手を送ってから、軽く咳払いをすると学長が続けた。
「君達も知っているように、サイエンス、特に医学の研究は、今や政治に足を引っ張られ、研究資金の面においてもかつてない危機にある。そんな中、われわれが、こんなにも多くの素晴らしい学生を世に送り出すことが出来たのは、学校全体にとっての誇りだ。」
それからUCSFの医学部の歴史とか、今の医学部のやり方について話した後、祥平みたいに、これからも大学やその他の研究機関に残って研究を続ける人や、お医者様になる人、そのほかの道を選んだ人、卒業生の皆に向かって、学長が言葉を掛けた。
「このおめでたい席で、一つだけ君達にお願いしたいことがあります。それは、どんな時でも、どんな状況でも、サイエンスとその教育の大切さを伝えて欲しいということです。教育とそこから得られる知識だけが、われわれの健康、そしてわれわれの住む環境を守るために、政治的妥協や、間違った政策に対抗出来る武器となり得る。君達がこれからどんな道に進むとしても、そのことだけは忘れないで欲しい。」
そして学長が次の言葉を引用すると、彼のスピーチを締めくくった。
「君達のここでの日々は短い。そしてこれが君達の最後の春になる。君達はこの静かで落ち着いた場所で、真実の深みに触れ、天の端を垣間見た。君達は古い親友を得てここを去るけれど、どうかここを去っても、君達がここに来たそもそもの理由、その気持ちだけは決して忘れることがないように。」(*)
拍手と歓声の中、俺は席に座ったままポロポロ涙を流していた。
俺の春はもうずっと昔に終わって、俺は大した感慨もなく大学を卒業してしまったけど、それでも希望と期待に満ちていた、あの頃の気持ちだけは思い出せる。
“And don't forget when you leave why you came.”
「その気持ちだけは、ここを去っても忘れないで。」
そう、俺はずっと忘れていた。日々、退屈な仕事で磨り減っていく心の中で、自分が何のために仕事してるのか、自分にとって本当に大切なことは何なのか、自分がどうしたいのか…
そして自分が何者なのかっていうことさえも。
ちゃんと目標に向かって進んでいる祥平を羨ましいとは思っても、どうせ俺とは頭の出来が違うって決め付けて、それ以上考えることも、努力することも拒んでいた。
「いい卒業式だったね。」
隣に座っていたジュン君が、しんみりした声で言った。
「うん、すごく感動しちゃった。」
「This is the last of your springs…僕も来年は卒業なんだよね。卒業制作、気合入れなきゃ。」
ちょっと涙に濡れたキラキラした目で、ジュン君が俺に向かってそう言うと、にっこり微笑んだ。
「うん。ジュン君の卒業式、絶対行くから教えてね!」
「ありがとう、ケーゴ。」
その後は、階下のホールで簡単なレセプションがあった。ジュン君達が祥平に「おめでとう。」って言って花束を渡してくれる。
そしてそこで、俺は祥平の友達に次々紹介され、途中から相手の顔も名前も全く覚えられなくなった。
「あのショーンにLワードを言わせた。」
って言うんで、皆、俺の顔を見に来たらしい。ちょっと意外そうな表情で見られたと思ったのは、多分俺の気のせいなんだろうから気にしないことにする。
俺だって、これからはイジケてばっかいないで、ちょっとずつ頑張らなきゃ。
自分のことを好きになって、自分に自信が持てるように、情けない自分からいつか卒業できるように。
笑顔で嬉しそうに言葉を交わす卒業生達に囲まれて、俺もそんな気持ちになれた。
コメンスメント。
卒業と同時に、それは出発を意味する。
あの日、ここで祥平と出会った俺は、あの時から少しずつ前に進んできた。
俺にとっての卒業と始まりが、これから先もきっと俺を待っているはずだから…。
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Adlai Stevensonのスピーチからの引用。某有名大学のプレジデントが必ずこの引用句でコメンスメントのスピーチを終えたそうです。アメリカの卒業式については、「日記もどき」(『卒業式』6/7/08)にも書いてみましたので、もし宜しかったらそちらの方も読んでみて下さいm(_ _)m