卒業旅行

5

ライン ドット

その夜、アキからまたメールが届いた。

 

時々こうしてメールが来る。友達でいたい、って言った俺の気持ちをわかってくれたんだって思うとやっぱり嬉しい。

 

“敬吾、元気か?会社の方はなんとか軌道に乗ってる。それと最近、俺にも恋人が出来たよ。昔、敬吾がバイトしてたコンビニで偶然会ったんだ。少し敬吾に似てる。いつか紹介するけど、今は写真だけ送るよ。”

 

(そっかあ、アキも元気にやってるんだ。)

 

恋人って男か女かって思ったけど、写真を見ると男の人だった。若く見えるけど、ひょっとすると俺と同い年くらいかもしれない。なんだか携帯で取った隠し取りみたいな写真で、目線がこっちを向いてなかった。どっちかって言うと普通な感じの人だ。俺にだって別に似てない。

 

それにしてもアキってすごくカッコいいのに、恋人って、もっと奇麗な若い子とかじゃないんだ。まあ、俺なんかと付き合ってた位だから、そもそもアキは面食いってわけじゃないのかも知れない。

 

きっとこの人もアキ一筋っていうタイプかな?また泣かせなきゃいいけど

 

“アキ、メールありがとう。俺、7月に祥平と一緒に日本に行って、なんとなんと、家族にカミングアウトしちゃいます。応援してね。俺もアキと可愛い恋人のこと応援してるよ。敬吾”

 

「カミングアウトもうそろそろ1ヶ月切るなー。姉貴にお土産は何がいいか聞いとかないと。和樹君って甘いもの好きなのかな?でもやっぱワインがベストかも。姉貴は結構飲むし。」

 

そう独り言を呟いて

 

はっ!

 

その前に、また忘れるところだった。もう直ぐ祥平の誕生日!

 

うーん。今年はどうしよう?また何も考えてなかったぞ

 

「ああ、誕生日ね。俺、いないから。」

「え?いないってどっか行くの?」

「うん。言ったじゃん、学会あるって。」

「聞いてない。」

「言ったよ、この間。」

 

この間って。そう言えば、すごーく前に「もしかしたらサンディエゴである学会に行くかもしれない。」とは聞いてたけど、日程も、実際行くのかどうかも聞いてない。

 

「そうだっけ?まあいいじゃん。誕生日に俺がここに居てもうるさいだけだろ。」

「けど俺は留守番だし。」

「あ、そうか。じゃあ敬吾も来る?昼間は暇だと思うけど、学会が終わるまでホテルで寝て待ってるとか?」

「やだよ。」

 

1週間も淋しいけど、俺にも一応仕事があるし

 

「どうしてもう直ぐ卒業するのに学会なのさ?」

「ああだから御褒美のつもりだろ。」

「御褒美?」

「ほら、俺らって貧乏学生だろ。滅多に旅行なんて出来ないから、学会に連れてって貰うのが卒業祝い。ま、実際はただの雑用係だけどな。」

「へええー。」

 

確かに祥平がラブで働いて貰うお金って凄く少ない。今年の秋から就職っていっても、そのお給料だって俺の3分の1程度。祥平には家があるからいいけど、この辺の物価、特に家賃は高いから、そうでなきゃかなりキツイ額だと思う。

 

「教授は学会の直前まで資料とか準備してないから、データ処理とか、スライド作ったりの上手い奴と、リサーチの知識あってデータ纏められる奴、大抵コンビで付いてくんだけどな。夜中までコピー取ったり、ファックスで資料送ってもらったり、いいようにこき使われるだけ。俺は別に行きたくも無いんだけど。」

 

学会自体は1週間も続く訳じゃなくて、準備のために2日程早目に行くらしい。

 

「まあ、俺なんかまだいいけど、こっち来たばっかで英語出来ない奴なんて、教授に良いように使われるわけよ。引越しの手伝いとか、ホームパーティーの準備とか。」

「ええっ!そんなん普通の会社でもさせられないよ。」

「アカデミアってのは、シビアな世界なんだよ。」

「祥平はそういうこと頼まれないの?」

 

俺がそう聞くと、祥平がフフンって鼻で笑った。

 

「教授も馬鹿じゃないから、相手を選ぶんだろ。敬吾、俺達って何者だと思う?」

「え?何者ってえー、日本人?」

「そう、しかもゲイ。マイノリティ中のマイノリティ。俺に引越しの手伝いとか強制してみろ、ディスクリミネーションで大学から叩き出してやる。」

 

うん、確かに馬鹿でなければこういう相手は選ばないな。

 

「敬吾もさ、今の会社、まずレイオフなんて有り得ないぞ。」

「それって俺がマイノリティだから?」

「だってお前の会社、殆ど全員白人だろ?よっぽどの理由が無い限り、お前を解雇するなんて度胸はないと思うぜ。」

 

それだけの理由で首が繋がってるとは思いたくないけど、お給料に見合う仕事してないのは確かだ。

 

やっぱ別の仕事探そう!

 

それにしても大学って、崇高な目標を掲げた、知的で教養溢れる紳士の集まりかと思ってたけど

 

俺がそう言うと、祥平が笑いながら、彼の教授が送ったっていうメールを見せてくれた。

 

“俺は神だ。スーパースターだ。この糞大学は俺様でもってるんだぜ。グダグダ言うなら他に行く。ハーバードの学長から是非来て下さいって頼まれてるんだ。この腐ったアカデミアに俺様が止まってることをありがたく思え!”

 

有り得ないでしょ、このメール。

 

どうやら研究資金を別の用途に使った、っていう監査の指摘に怒り狂ってのメールらしいんだけど、学部長から祥平みたいな研究員まで、ありとあらゆる相手にコピーしてる。

 

こんなメールなんて後に残るものを

 

「このメールは消さないで取っとく。他にも一杯あるぜ、この手のメール。」

 

よく首にならないと思うけど、「神」だって言うだけのことはあって、その教授は大学にとっては貴重な人物で、誰もこの暴走を止められないらしい。しかも自分の製薬会社を持ってて、「大学に止まってやってる」っていうのも事実だそう。

 

「多いんだよ、こういう天才と狂気の紙一重ってやつ?ほんっとこいつら頭良くてよかったな。そうじゃなきゃ社会の落ちこぼれ、単なるソシオパスだぜ。」

 

それは自分もって言うと怒るよな。

 

しかし祥平もかなりイってると思ったけど、上には上がいるもんだ。

 

だけどその後、祥平が自分の卒業式には出ないつもりだって言った時、俺は断固反対した。

 

「俺、あの帽子飛ばすとこ見たい!」

「は?」

「ほら、映画とかドラマでよくやってるじゃん。黒い四角い帽子、空に投げるやつ。」

「だから?」

「だからさ。そういうの皆で一斉にやってるとこ見て、感動したいんだよ、俺。」

「お前が卒業するわけじゃないだろ?」

 

まあ、それはそうだけど

 

「いいじゃん!祥平、ずーっと頑張ってきただろ?俺も一緒にお祝いしたいの!ねえ、卒業式出ようよー。」

 

「あれは金取られるんだぞ。」って祥平がブツブツ言ってたけど、そのくらい俺が出すからって説得した。

 

そして良く聞いてみれば

 

「えー?卒業式の会場って、あそこなんだー。」

 

驚いたことに、UCSFの卒業式は、偶然にも俺と祥平が始めて会った場所、市民権取得のセレモニーがあった、メソニックセンターで行われるしい。

 

「自分の家から歩いて行けるとこで卒業式って、すごくない?」

「ま、市内で大人数収容出来るとこって、限られてるからな。」

「確かに。」

 

5月始めのその土曜日、祥平はいつものラブに行くようなカジュアルな服装のまま、遅めの朝ごはんを食べると、黒いガウンとキャップを掴んで、もう卒業式に出る準備が完了。

 

(あんまり会場が家から近過ぎるのもねー。なーんか気分が盛り上がらないかも。)

 

俺はとりあえずデジカメとビデオカメラを両方用意した。祥平がちょっと顔を顰める。

 

「言っとくけど、カメラ持ってステージの近くウロウロするなよ。」

「分かってるよ。ちゃんとステージの上から、プロのカメラマンが一人一人撮ってくれるって書いてあったもん。」

「じゃあ何でそんな大げさにカメラ2個も持ってくんだよ?」

「えーっとだから、念のため。」

 

近くに住んでるからって、式典の開始直前に家を出たせいで、会場に入ったら早速、着席のアナウンスが流れ出した。祥平が俺に向かって「じゃあ後で。」って声を掛けると、黒いガウンとキャップ姿の生徒達が固まってるステージ近くの席に歩いていく。歩きながら周りの生徒達と何か話してるのが見えた。

 

広々した会場の一般席も、もう殆ど埋まっている。

 

(さて

 

祥平が良いって言ったから、ジュン君をセレモニーに誘ったら「絶対行くね。」って言ってくれた。

 

サンクスギビング以来、ジュン君とは時々話してる。セラピストを紹介して貰った時も、その後も、ジュン君には詳しい事情を話したわけじゃないけど、祥平との付き合いが長いせいか、俺が落ち込んでる時には何となく察してくれるみたいだ。

 

「ショーンって、敬吾には優しいけど、怒るとやっぱり怖いだろ?一緒に住むのって大変そうだよね。」

 

そんな風に言って貰うと、俺も少しずつ「最初は食べ物も合わないし大変だった。」なんて話をするようになって、ジュン君もタイワニーズの彼とのことを話してくれるようになった。

 

もう来てるかな、と思ってキョロキョロしてると、

 

「ケーゴ!こっち、こっち!」

 

聞き覚えのあるちょっと甲高い声がして、振り向くとジュン君がこっちを見て手を振っていた。通路を縫って人ごみを避けつつそっちに行くと、ジュン君が「ハーイ!」って言いながら立ち上がって俺をハグした。

 

「久し振り、ケーゴ。今日はショーンの卒業おめでとう。」

「あ、うん。来てくれてありがとう。」

「もちろん。誘ってくれて嬉しかった。」

 

ジュン君がにっこり笑って身体を斜めに傾けると、ジュン君の隣に座っていた人が座席から身体を起こして、俺に手を伸ばした。

 

「彼が僕のルームメイト、タイ。」

「あ、初めまして。ケーゴです。」

「初めまして、タイです。今日はショーンの卒業式のお祝いに来ました。」

 

話は聞いてても、俺がタイ、ジュン君の彼と会うのは今日が初めてだった。

 

ボーイフレンドでも恋人でもなく、ルームメイトって紹介された彼は、ちょっと訛りのある英語が却ってセクシーな、ジュン君より少し年上に見えるアジア系の男の人。

 

ゆったりした仕草や話し方がとても優雅で、彼にはお金持ちで結束の固い台湾出身のファミリーがいるっていうのを思い出した。

 

こういう人をハイソっていうのかな?むしろ上級階級っていう言い方がぴったりみたい。アメリカ人にはちょっと居ないタイプの人だ。

ライン ドット

念のため。UCSFにこういう教授がいるって言ってるんじゃないですっ(汗)

っていうか、UCSFには行ったこともありません。まあ医学部の教授にはちょっと変わった人が多いっていう話は聞いたことがあるような、ないような…^-;

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