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そのカフェはキャンパスのカフェって言うより、おしゃれなレストランって感じで、値段もぼったくりだったけど、座ってお腹に食べ物を入れると少しは満足した。味はまあまあだったし。
美術館自体もタダっていうのが信じられないくらい、意外に充実していた。俺は絵はよくわかんないし、ロダンのコレクションがフランス以外ではここが一番って言われてもピンとこないけど、ネイティブアメリカンやメキシコの人形、工芸品なんかには心惹かれるものがある。
「敬吾はこういうの好きなんだ。」
部屋の隅に展示されてる、大きな丸太をくり貫いて作ったと思われるカヌーを眺めてると、祥平が後ろから手を伸ばして俺を軽く抱き寄せた。
「うん。なんかこう…人の声が聞こえてきそうっていうか、気配を感じるっていうか、凄いパワーあるよね。河の流れが見えるみたい。」
人が喋ってるのに、祥平が俺を抱いたまま首筋にキスした。ゆっくり舌が首筋を舐める。
「俺、敬吾に飽きるなんてこと絶対無いから…んん…」
また、そればっかり。どうせ俺は他に取り柄もないよ!
「止めろってば!人が来るじゃん。」
「何怒ってんの?」
「だって、いっつも…。いや、だからその、そういうのって飽きないって言っても、いつかは飽きるだろ?」
「は?ああ…ククッ…そうじゃないよ。敬吾はほんとに可愛いなー。」
「?」
意味わかんないし。
「なあ…ほんと不味いって、人が来る…」
「なんもしないよ。キスだけ…んー」
チュッ、チュッて何度か音を立てて首にキスされたけど、俺がゴネるとそれで離してくれた。
土曜日だけど、館内には殆ど人が居ない。平日の方が、近くの小学校とか中学校の生徒の見学が多くて混み合うらしい。外からは小さく見えた美術館は中が結構入り組んでいて、思ったより展示物が多かった。
「あれ、これ日本のじゃない?」
「こっちに鎧もあるぜ。」
「へえー。」
刀や鎧や掛け軸とか、デーンと真ん中に展示されてる物は適当に流して、俺は部屋の隅の壁の小さな展示だなに吸い寄せられた。
(これって根付け?)
江戸の携帯ストラップだな、こりゃ。
象牙で彫られた小さな根付けのデザインは様々で、見てると飽きない。中には良く分からないものもあるけど、ちゃんと説明書きがついてる。
象牙なんてかわいそうな事は絶対駄目だけど、プラスチックでこういうの作ったら面白いんじゃないだろうか?
夢って言われても、俺にははっきりしたヴィジョンは無いし、昔からボーっと流されて生きて来ただけだけど、こういう物をチマチマ作れたらなあ、っていうのがもしかしたら夢かもしれない。
でもそういうのって、リタイア後の趣味のレベル?
「敬吾が美術館好きだったって意外。」
「俺も。絵とかあんま興味ないし。」
「じゃあ、いつかNY行こうな。メット(*)は凄いよ。敬吾の好きそうな物がゴロゴロあるから。」
「う、うん。行ってみたい。」
祥平と居ると飽きない。見た目が奇麗なだけじゃなくって、頭の中に小さな宇宙が詰まってる。きっと子供の頃は素直で、好奇心旺盛で、誰からも愛される可愛い子だったんだと思う。
今でも垣間見える…笑顔の眩しい12歳の少年。
美術館を回った後、研究室の方はまた見に来ればいいっていうんで、その日はそのまま帰る事にした。そして帰りの車の中で、俺は何気なく聞いた。
「やっぱりこの辺で家借りる?俺のコンドじゃ狭いだろうし。」
「え?何で?」
「ここまで通勤するの大変だろ?きっと渋滞するし。今の家は誰かに貸してさ、引っ越せばいいじゃん。」
その途端だ。俺は、間違ったスイッチを押してしまったことに気づく。
「冗談じゃない!そんなことしてみろ。クソ親父が待ってました、って俺の家を取り上げようとするに決まってる!あの家は俺のもんだ!あいつに渡すもんか。兄貴にも、ババアにも、誰にも渡さない!」
口を開けてポカンとする俺を無視して、祥平はそのまま延々と一人で怒鳴り続けた。
「あいつらの物は全部俺のもんだ。親父が死んだら、あいつらの持ってる物、全部俺の物にしてやる。今からだって弁護士雇って、俺をニグレクトした罪で刑務所にぶち込んでやる。俺にはそうする権利があるんだ!」
俺にはとても理解できない…。
唐突に吹き上がってくる、この怒り。思い知らされる傷の深さ。
普段は金に無頓着で、簡単な計算が苦手な祥平。難しい数式は分かるくせに、電卓が無いと足し算、引き算、割り算、掛け算が出来ない。
その祥平が意味不明のことを言い募って、親の全財産は自分の物だって口汚なく喚き続ける。
自分のものになるべきだった、与えられなかった愛情の引き換えに?
「そんな顔で見るな。」
「ご、ごめん…。あの、俺は祥平の通勤が大変だろうって思っただけで…全然、引越しなんてしなくていいから。」
「敬吾だって前はこの辺まで通勤してたじゃんか。ウィークディが無理なら週末に手伝う、掃除でもなんでも。」
「いい、そんなのいいって。ほら、俺は他に取り柄も無いし。気持ち悪がられても何でも、祥平のサポートしか出来ないから。」
黙ってしまった祥平の気を引き立てようと、俺はそれからも色々話し掛けたけど、それきり家に着くまで祥平はムッツリしてた。
レイプした相手の男の顔は覚えても居ないって言う。行為そのものも。
封印してしまった記憶…
それを思い出させようとするのがセラピーかと思ってたけど、牧師さんはそんなことはしないみたいだ。
ただ、今を良くすることだけに集中してくれている。愛する人…一応俺のことだけど、と上手に良い関係を築くために。
普段はもうあまり意識しない祥平の過去。
だけど祥平がこんな風に、自分の両親や家族を口汚なく罵るのを見るのは辛い。
俺だって話を聞いた時は、祥平の家族を憎んだ。でも、このままで良いんだろうかって思う。死ぬまで自分の肉親を憎み続けるなんて…。
どこかで何らかの形で和解ができたらいいのに、って思う。もし祥平の家族が、今は祥平にしたことを後悔しているとしたら?息子に会いたいと願っているとしたら?
そんなことを口にしたら、きっと怒り出すってわかってたから、そのことは黙っていたけど。
…where are you goin with that gun in your hand?(**)
いつまであの怒りを抱えて行くんだろう?行けるんだろう?
俺がいくら愛しても駄目なのかな?俺に愛されるだけじゃ満たされることは無いのかな?
祥平の中の一人ぼっちの子供。
俺にはその子に触れることが出来ない。慰めてあげることも許されない。憐れまれてる、見下されてる…そんな風に感じさせてしまう。
今が幸せなら、あんなに怒りを感じることは無い、って思うのは間違ってるだろうか?俺と居ても満たされない、俺にはどうしても埋められない祥平の心の隙間。
「辛くなったらいつでも来なさい。」って言う牧師さんの言葉を思い出して、後から貰った番号に電話してみた。
ポロポロ泣きながら電話で訴えると、「わかりますよ、辛いですね。」って言ってくれた。そんな風に考えては駄目って叱られるかと思ったけど、そうは言われなかった。
「だけど、ショーヘーがケーゴをいくら愛していても、彼にもどうしようも無いんですよ。それもわかってあげましょうね。」
「はい。すみませんでした…色々。」
「そうじゃないですよ。ありがとう、ですね?」
「あ…はい、本当にありがとうございました。」
「またいつでも遊びにいらっしゃい。話せば楽になりますから。」
(わかってあげましょう、か。)
本当だ。俺は自分のことばっかりで、祥平の気持ちを忘れていた。自分がどう思われているのか、直ぐに不安ばかりが先に立つ。
もっと余裕持ちなさい、姉貴もそう言ってた。
いくら愛していても祥平自身にもどうしようも無い。
俺がしっかりしなくっちゃ。
それにしても、祥平が選んだのがどうして俺なんだろう?いじけ易くて、コンプレックスの固まりで、祥平を支えられるほど大人じゃなくて…あいつが倒れたら一緒に倒れてしまうような頼りない男なのに。
俺の取り柄と言えば、愛する人だけに夢中になれること。世界中でたった一人の人しか見えない。祥平しか存在しない。
まあ、それが取り柄って言えるかどうか…むしろ欠点かも。
余裕無くなっちゃうんだよなあ。相手に夢中になりすぎて…。
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*メット=Met=Metropolitan
Museum of Art=メトロポリタン美術館
NYとかトライステートエリアに住んでる人は、このNYにあるアメリカ最大の美術館のことを「メット」っていう愛称で呼びます。
以前にルーブルを抜いて世界でも最大規模の美術館になったって聞いたことがあるんですけど?そこら辺、何を基準にしてるのか良く分かりません;;
** Copyright by Jimi Hendrix“Hey Joe”と言いたい所ですけど、この歌の作詞・作曲が誰かってことははっきりしてないみたいです。一番ポピュラーなバージョンがヘンドリックスのレコーディングなので、一応。