古傷

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ライン ドット

―――暴力が、常に隣合わせにある。

 

アメリカに住んでいても、普段は発砲事件なんてニュースの中の出来事で自分には関係無い。

 

それでも時々、いかにそれが身近に起こる事か思い知らされ、冷やりとする。

 

職場の知り合いが事件に巻き込まれる。子供が銃で殺される。ナイフで刺し殺される。薬で自殺する。レイプ、強盗、傷害。行き付けのレストランで、いつも通る街角で、誰かが傷つけられ…そして気づかされる。

 

暴力は誰の身にも簡単に降りかかる。

 

 Rape meRape me, my friendRape meRape me again…”(*)

 

祥平が持っていた暗い歌の歌詞。

 

俺は、祥平が怖い。

 

recovering alcoholic

 

現在進行形…だから今も回復中。

 

一旦、サブスタンスアビュースになってしまえば、誘惑を断ち切るのは容易な事じゃない。祥平が酒を一滴も飲まないのはそのためだ。

 

多分、死ぬまで永遠に回復中。

 

アル中って言うのは治ってしまえば普通の人と同じになる、少々のお酒なら楽しめると思っていたのは、俺の無知。

 

“酒を飲まない人間に理由は聞くな”

 

それなら心の傷は?それは癒えてしまうのだろうか?

 

それともやっぱりずっと回復中?

 

積み上げられた靴箱の陰に隠された、クローゼットの銃をこっそり探して見つけた。祥平の言うとおり弾は入っていなかった。正確に言えば、組み立てられていなかった。

 

セミオートマッティク・ライフル、レミントンのショットガン。

 

熊も殺せる、すさまじい破壊力。

 

それでも犯罪歴が無く、ドライバーズライセンスさえ提示できれば、その辺の店で簡単に買えてしまう。

 

(どうしてこんなもの…。)

 

祥平のパラノイア。あいつの頭の中の戦争を、ずっと一人ぼっちで戦ってきた。

 

こんなものに縋って安心できるんだろうか?

 

I'm not the only one, I'm not the only one…” (*)

 

祥平はサバイバーだ。文字通りの生き残り。

 

辛いガン治療を生き延びた人をキャンサーサバイバー、ドイツの強制収容所を生き延びた人をホロコーストサバイバー、事故や災害、戦争、悲惨な体験を生き延びた人々を、尊敬を込めてそう呼ぶ。

 

そして虐待を生き延びた人も。

 

俺に何が出来る?俺は怖い…。

 

いつか祥平がバランスを失うんじゃないか?疲れて戦う事を放棄してしまうんじゃないか?俺に出来る事は何も無いんじゃないか?

 

もう遅いのかもしれない。もし悲しみと怒りに、心が少しずつ押し潰されてしまっているとしたら?

 

Please dont slip away.

 

掴まえていてあげたいけど、俺には無理…。

 

祥平に触れられて何も感じられなかったことがショックだった。今まで一度もそんな事は無かったのに。

 

そしてそれから俺は、出来なくなった。

 

「身体は正直だよな。」

 

それから何日かして、何度目かの試みの後で祥平が言った。

 

「やっぱり俺が怖いんだ。あんなこと…黙ってれば良かった。」

「ごめん…」

 

違うって言えなかった。祥平の冷えた心が、俺の心も凍らせる。怒りの毒素が俺の身体にも回り始める。

 

限界だ…俺にはもう。

 

セラピストなんてって思ってたけど、それがいかに辛い仕事か、今やっと分かった。

 

俺のウダウダした失恋の話を聞くのとは訳が違う。彼らは深い悩み、人に話せない過去を抱えた人達の話を聞く。プロに徹しなければ自分の感情が食われてしまう。他人の悲しみに打ちひしがれてしまう。

 

どうにかしてあげたいと思えば思うほど、もがけばもがくほど辛くて、自分の心が擦り減ってしまう。

 

俺のサラリーは14万ドル。

 

税金その他を引かれて手取りが日本円にして約1千万。

 

一流のセラピストに掛かれば多分1時間数百ドル。毎日通えば俺のその給料の殆どが吹っ飛ぶ。それでも…

 

「祥平…」

「うん?」

 

週末、機嫌の良さそうな時を狙って聞いてみた。

 

「きちんとセラピー受けたことある?」

「ああ…。きちんとっていうか…頭ぶち抜いた時と、学校で倒れた時、親と一緒に行かされたよ。」

「それで…」

「無駄、無駄。親はもちろん何も言わないし、俺も黙ってるし、どうにかなるわけないよな。銃は事故で暴発。アル中は俺の頭がおかしいせい…。息子さんは混乱しています。物は言いようってやつ?混乱してますだって、ふんっ。プロザック**とか飲ませようとしやがんの。全部捨ててやったけど。」

「そっか…」

 

祥平もセラピーに良い思い出が無いらしい。けど…

 

「一度きちんとセラピー受けてみないか?」

「いいよ、そんな金無いし。」

「俺が払うよ。だから…」

「…ふーん…敬吾も俺を薬漬けにしたいわけ?」

「違うよ。そうじゃない。」

 

そんな事しても呆れられるだけかもしれないけど、俺はいきなり床に頭を擦り付けて土下座した。

 

「お願い!セラピー受けて!俺、本当は祥平が怖い。上手く言えないけど、銃が家にあるってのも、いつか使うことがあるかもしれない、って考えるのも怖い。祥平のこと信用してない訳じゃない。だけど、どうしても…怖いんだ。」

 

祥平が怒り出すかもしれないと思ったけど、俺は必死に続けた。

 

「セラピーが辛いのは分かってる。相手も人間だから、気の合わない人に無理に話しを聞いて貰えとは言わない。祥平が安心して話せるセラピストが見つかるまで、気長に探してくれて構わない。でもお願いだからそうして。俺のために、お願い!」

 

「立てよ。」

「お願いだから…」

「いいから立て!」

「嫌だ。聞いてくれるまで立たない!」

 

顔を見るのが怖くて床に頭を擦り付けていると、祥平が俺の前にしゃがんでそっと頭に手を乗せた。

 

「…俺、相手を信用するのに時間掛かるぞ。」

 

ハッと顔を上げると、祥平が複雑な表情で俺を見てた。

 

怒ってる訳じゃない?

 

「いい。どれだけ時間掛かってもいいから…。俺、俺が聞いてあげたいけど、何かしてあげたいけど、空回りばっかりで辛くて…ほんとにごめん。」

 

俺がそう言うと、祥平が静かな声で続けた。

 

「銃は捨てないからな。」

 

俺はゴクッと唾を飲み込んだ。

 

「分かってる…」

 

でも、ひょっとしたら少しは考え直してくれるかもしれない。少なくともベットの横に弾を込めた銃は置かないでおいてくれるかも。

 

「これ、ジュン君に聞いたんだ。評判のいいセラピストだって…。祥平の話はしてない。俺が行きたいって言っただけだから。」

 

ウェブからプリントしたインフォメーションを渡すと、祥平は黙って受け取ったけど、チラッ見ただけでテーブルの上に置いた。

 

「その人でなくても、もし誰か知ってる人がいれば…」

「行くよ。ちゃんと行くから。敬吾がEDになったら困るもんな。」

 

いや、インポって…そういう問題じゃないんだけど…。

ライン ドット

*Copyright by NirvanaRape Me

これ書いてる間、このが頭の中をグルグル回ってて、つい(汗)

(この曲の歌詞は決してレイプをサポートしてるわけじゃなくて、有名になり過ぎてメディアやファンに自分が犯されていると感じたKurt Cobainが、その絶望感について書いたと言われています。この曲のライブがこちらで見られますので、もし宜しかったらhttp://www.youtube.com/watch?v=Jup5G0meTm4

 

**プロザックっていうのは、ハッピードラッグとかハッピーピルって呼ばれる抗鬱剤のこと。90年代の終わり頃から、医者が「問題のある子供」に簡単に処方してきたため、この手の抗鬱剤に依存している大学生くらいの子が凄く多いです。酷い副作用による自殺も増えているのに、今も世界中で使用されている…。

 

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