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祥平の父親は、当時NY市内の商社で働いていた。取引先や会社の同僚、上司を招いてのホームパーティーでそれは起こった。
相手は祥平の父親の上司。庭でバーベキューをしている間に家の中を案内してくれって言われて、ほんのちょっと二人きりになったその間の出来事だった。
それまで優しそうに話し掛けてきた大人が豹変して、まだ子供だった祥平に襲い掛かった。されていることの意味も良く分からない子供に。
寝室で倒れている祥平に両親は気づかず、結局、朝まで失神したまま放っておかれた。パーティーを途中で抜けて、そのまま眠ったと思われたらしい。
ショックでボウッとなりながらも、祥平は次の日、両親に自分がされた事を訴えた。当然両親が驚いて怒り、あの男を捕まえて殴るとか、とにかく何かしてくれると信じて。
少なくとも一緒に泣いてくれる、と。
祥平の両親は何もしなかった。祥平の話を困惑した顔で聞き、顔を見詰め合って微かに肯くと、二人で祥平を説得した。
“そんな話、誰にも言っちゃ駄目よ。あなたが困るだけ。学校のお友達に知られたら恥ずかしいでしょ?”
「あいつら俺が気づく前から、俺がゲイって知ってたんだ。俺が…俺の方から誘ったとでも…きっと…」
「そんな…」
レイプそのものよりも、祥平をズタズタに傷つけたのはその両親の反応だった。息子を汚いものでも見るように蔑み、上の兄と露骨に区別した。さすがにその上司をもう一度家に呼ぶことはしなかったけど、そのことで相手を訴えたりすることもなかった。
怒りと屈辱、絶望と見捨てられた悲しさ…
しばらくして祥平は自殺を図った。
「外したけどな。本当に死にたいわけじゃ無かったんだろう。助けて欲しかったんだよ。まだあいつら、親のこと信じてたんだな。今ならもっと上手くやる。もう外したりしない。」
拳銃自殺…
友達の家でこっそり見せて貰った拳銃を、喉に当てて引き金を引いた。12歳の子供が…。
幸いその家の母親が直ぐに祥平を見つけて、慌てて医者に駆け込んだ。弾は頭蓋骨を打ち抜いたけど、脳に損傷は無かった。最後に怖くなって逸らした銃口、それが幸いした。
そう言われて見れば、喉にほんの微かに残る傷痕。
だけど、一家はその後ニュージャージーのそれまで居た街に居辛くなって、祥平の父親はサンフランシスコに飛ばされた。
サンフランシスコへの移動を左遷と取って、はっきりと息子を毛嫌いする父親。その父親にオロオロ従うだけの母親と、一緒になって弟を馬鹿にする兄。
傷が癒えてミドルスクールに通うようになると、祥平は家に戻らなくなった。
友達の家を転々をして歩くうちに、ほっそりしたキツイ目の美少年は男の注目を集めだして…後はただ色んな男を渡り歩いた。
「自分でもよくまあ変な奴にとっ捕まって、ぶっ殺されなかったなーって思うよ。運が良かったんだな。結構、勘も良かった。」
勉強は嫌いじゃなくて、そんな中でも昼間は学校に行った。もし、学校に行かなくなれば、底の底に落ちて戻れなくなる恐怖もあった。夜は男に抱かれ、酒を覚え、ドラッグを試し、昼間は何気ない顔で学校に行く。何度か両親に家に連れ戻されても、また平気で家出した。
成績が良くて、揉め事を起こさず、学校では完璧な優等生は、友達の間はともかく、教師は簡単に騙された。
「けど、ぶっ倒れたんだ、学校で。その時、病院でアル中だって言われた。」
14歳の少年が、酒を直ぐ止めないと一生肝機能に障害が残るって言われた。このまま続けると死ぬ、とも。
「親も病院に来たけど…その医者、あいつらのことは無視して、俺にきちんと説明してくれたんだ。君は頭が良さそうだから言ってる事が分かるはずだって。どういう理由でも…don’t throw your life awayって。」
酒を辞めると決めた祥平は、しばらく施設に入った。
「もう2度とごめんだな。身体が震えて止まらないんだぜ。手がさ、ブルブル震えて気持ち悪くてさ。その上に座って押さえつけて…ずっと…」
その部屋の壁紙の小さな花柄のパターンを、今でもはっきり覚えているって言う。
「そこに居て考えたんだ。医者になろうって。何か人の役に立つ事がしたいって…。あんな親のために自分の人生メチャメチャにして溜まるかって、そう決めた。」
家には戻らなかったけど、相手を選ぶようになった。なるべく年上で安全そうな男の家に転がり込むと、出来るだけ大人しくして長く居着く。相手が本気で逆上せ上がりそうになると、次の相手を探して逃げた。
ギターを弾くようになったのもこの頃で、たまたま転がり込んだ先の男が地元では知られたバンドのギタリストで、祥平にギターを教えてくれた。その男が持ってたCDやアルバムを聞きまくって真似した。
「音に没頭してると忘れられたんだ。その間だけは…嫌な事みんな…。」
そうやってハイスクールを卒業する頃、父親が日本に帰ることになった。
「この家、脅し取ってやったんだよ。出るとこ出て洗いざらい話すって。お前の息子は手当たりしだい男と寝るオカマだって、会社の連中にもバラすって言ったら真っ青になりやがった。」
大学に入って臨床より研究を選らんだのは、血を見ると倒れそうになったから。
「自分の頭から流れた血、思い出すと吐きそうになるんだ…」
自分の血液型を知ってるのも、他人に輸血出来るけど、血を貰うのは同じ血液型の相手じゃないと駄目だって知ってるのも、そのせい。
ずっと手当たり次第に男と寝て、時にはレイプまがいの目にも遭って、ボロボロに傷ついて…
「いつも同じ…碌でもない野郎にばっかり惹かれるんだな。俺をぶん殴るのが大好きな奴とか、他の奴に輪換させたい奴。だから犬飼って、それから、これも…。」
ベットの横のサイドテーブルを半分開けると、その引き出しの下に隠れた小さな引き出しがもう一つ。
祥平がそこから手のひらに乗る大きさの小さな拳銃を取り出した。
「これには弾が入ってるから、絶対触るなよ。」
俺は茫然として黒く光る銃身を見詰めた。
「クローゼットにもう一つある。それには弾が入ってないけど、勝手に弄るな。」
そう言うと、手品みたいに小さな拳銃が引き出しの裏に戻された。
「これで全部。もう隠してる事無い。」
話をしながら祥平は一度も泣かなかった。他人の話をするみたいに時々薄笑いさえ浮かべて…淡々と…。
泣いていたのは俺の方。もう止めてくれって喚きたかったのは、俺。
「敬吾に会って、放したくなくて…俺には敬吾みたいな奴は無理だって分かってたのに止まらなくて…。敬吾は俺が怖い?まだ俺を愛してるって言える?」
ああ神様!
俺に強さを下さい。ありったけの強さを!どうか俺に祥平を掴まえさせて!
…please don’t let him slip away from me…
身体の横にだらりと垂れた祥平の腕を掴んだ。
「俺は、俺なら、絶対に祥平みたいになれなかった。きっと楽な方を選んで、死んだように生きてるか…本当に死んでた。俺には分からない。本当のところはきっと分からない。祥平がどんな思いをしてきたか…分かってあげたくても、きっと分かってあげられない。それが辛い…辛いよ…」
祥平の心の中の12歳の子供に聞いて欲しかった。一緒に泣いてあげたかった。拳銃を握った小さな手を押し止めて、自分を傷つけないでって言ってあげたかった。
「敬吾は泣いてくれるんだね…。初めてだよ…人に話したのも、誰かが俺のために泣いてくれたのも。」
見た事もない祥平の両親と家族を、何も気づかなかった祥平の周りにいた大人を、俺は心から憎んだ。子供をレイプした卑怯な男以上に。
大人に守られるべき子供が、守ってくれるはずの大人に裏切られ、傷つけられる。考えられる最低で最悪の犯罪、子供への虐待。
両親が子供と一緒に傷を癒そうとしてくれても、容易には癒えない心の傷。祥平の両親はその傷口に塩を塗り、砂をぶっ掛けて踏みにじった。
…許せない。
「俺は鈍感で馬鹿で、知らないうちに祥平を傷つけたかもしれない。これからも不用意なこと言うかもしれない。けど、これだけは信じて。愛してる。祥平が俺を嫌いにならない限り…ううん、祥平に嫌われたって、俺はお前を愛してる。それだけは俺にも出来るから。祥平がそうさせてくれるなら、一緒に愛し合うことだけは…」
泣いて吃りながら必死に抱きしめると、いつの間にか祥平も泣いていた。
ああ…こいつが泣くのは初めて見た…。
「うん、うん。大丈夫、大丈夫だから…」
ほっそりした身体を抱きかかえて軽く揺さぶった。子供みたいに泣きじゃくる震える背中を撫で摩った、何度も何度も。
祥平が泣き疲れて眠ってしまってからも、ずっと背中を抱いていた。小さく丸まって膝を抱えて眠る姿が小さな子供のようで、ひどく脆く見えてそうせずにいられなかった。
神様を信じてるわけじゃない。お祈り一つしたこともない。
けどその晩俺は、俺に力を下さいって、見えない存在に向かって心から祈った。
俺に祥平を受け止める力を下さい。
…don’t make me fail him…。
祥平が俺を選んだんなら…俺は祥平を掴まえてなくちゃいけない。どうか俺にそれができますように。
俺に祥平を絶望させないで。どうか、そんな相手の一人にさせないで…。
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*色々と曲名が出てきましたので、そのつべを纏めて「日記もどき」に貼っておきました。もし宜しかったら聞いてみて下さいm(_ _)m