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会社では社長が開き直った通り、それからも単調な仕事が続いた。
「ふうん、じゃあこの会社危ないんだ。」
「俺なんか入社したばっかじゃん。また仕事探すかと思うと憂うつ…。」
「けどさ、どうせならレイオフになるまで待った方がいいよ。自分から辞めると何も出ないじゃん。」
マークに言わせると、俺は入社したとこでもあるし、給料が出る間は仕事を続けて、解雇になったら失業保険を貰ってゆっくり仕事を探した方がいいって。
「失業保険てどの位貰えるか知ってる?」
「えーっと、確か上限が…どうだろう、月に1,600とか…いや1,800かな?」
「やっぱ少ないよ。」
「でも何もしないで貰えるんだよ、6ヶ月も。」
まあ祥平に家賃払ってるっていってもコンドのレントの上がりで、ほぼカバーされるくらいの額だし、確かにそのくらい貰えれば焦って仕事探さなくても大丈夫かも。
「車買おうかと思ってたけど、待った方が無難みたい。」
「まあ、大きい買い物はねえ…僕もレイオフになったら学校戻ろうかな。」
「学校?」
「うん。いつまでも人のアシスタントってわけにもいかないし。いずれはMBA取ろうと思ってるんだけど、この分だと予定より早くなるかなあ。」
そっか…マークも若いけどしっかりしてるもんな。
だけど家に戻ってから祥平に相談すると、
「失業保険とかみみっちい事言ってないで、次の仕事探せよ。時間の無駄だろ?レジメに何て書くのさ?潰れそうな会社でロクな仕事してませんでしたって言うの?」
まあ、そう言われてみれば…。
優柔不断な俺は決心が着かないまま、それでもネットでジョブ・ポスティングだけは時々チェックしてみたりしてた。
首になったらその時は失業保険を貰って仕事を探せばいいんだから、そう開き直って取りあえず無駄な残業だけは止めた。その日も5時過ぎには会社を出て、キッチンで野菜のピリ辛炒めを作ってたら、携帯に着信があった。
ご飯を炊いてガスの火を止めてから何気なくチェックすると…
アキからのメール。
“敬吾、元気か?敬吾はああ言ってくれたけど、自分に正直になることに決めた。妻とは別れるよ。会社もいずれ辞めるつもりだ。敬吾に会えて本当に嬉しかった。女々しいけど、今でも好きだよ。大好きだ。信じてもらえないかもしれないけど、ずっと心から愛してた。長い間ありがとう。元気で。”
アキ…。思わず携帯を握り締めた。遅すぎた言葉がそれでも胸を締め付ける。
心から愛してた…ありがとう…。
俺だって…
“アキ、メールありがとう。これから色々大変だと思うけど、アキならきっと大丈夫だよね。俺も遠くから応援してるよ。敬吾。”
思わず速効でメールを送り返したけど、アキとこっそりメールのやり取りしてるって思われたくなかったから、祥平が帰ってからその話をして、メールもちゃんと見せた。
「いいよ、いちいち俺に断らなくても。」
「そうじゃないけど…」
祥平が視線を落とす。
「俺にはさ、良く分からないけど…愛してるって思ったの敬吾が初めてだし。」
あっ、え?
「けど10年も愛してた人だったら、気持ちは残るだろ?メールくらい…」
「あの、今なんて?」
「前にも言ったろ?聞こえてなかった?」
「聞こえてた…。けど、深い意味は無いのかって…」
「本気だよ。本気じゃなきゃ言わない。」
「あ、あの、俺、俺も…」
「愛してる!」って言いかけた俺を、祥平が軽く遮った。
「いいよ、無理しなくて。」
「ちょっと…おい、待てよ!」
急にそこで背中を向けて立ち上がってしまった祥平に向かって、俺は大きな声を出した。
「俺の気持ちはどうでもいいのかよ!」
後ろ向きのまま祥平が答える。
「敬吾は俺の事何にも知らないだろ?だから今は何も言わなくていい。聞いても信じない。」
「じゃあ話せよ!何でも聞くよ、話せ!どうしていっつもそうやって俺を押しのけるんだ!言えよ!アル中って何だよ、ガキの癖に!言え!何があった!」
後ろ向きの祥平の肩が少し震えてるように見えて、俺はハッとして口を閉じた。
「…ごめん。俺、怒鳴るつもりじゃ…」
「いい、分かってる。けど、無理には聞かないで…。いつか必ず話す。約束するから、それまでは…聞くな。」
「うん。わかった。あの…大きな声出して、ごめんね。」
突っ立ったままの祥平を後ろからそっと抱きしめると、心臓がドキドキしてた。
(不安なのは俺じゃなくて祥平の方?一体、何を怯えてる?)
普段強がってるだけに、その時の祥平の様子がショックで、俺は次の日さっそくグッドウィルに電話して、俺の荷物を引き取りに来て貰った。レンタルスペースも解約することにして、クレイグズリストで家具を売りに出す。(*)
ベットとカウチとダイニングテーブル、デスクに椅子に、そうそう本棚とキャビネット…。ラップトップの前で他にも売るものがあったかどうか思いだそうとしてると、祥平が帰って来た。
「お帰り!俺さあ、家具とか全部処分しちゃうから。いいだろ?これでもう追い出されても行くとこないから、覚悟しとけよ。俺、しつこいぞ。もう絶対離れないからな。」
「う、うん。わかった。」
照れてる!?か、可愛いっ。
俺が祥平に不安な想いさせてるとは思わなかった。こんなことなら姉貴の言うとおり、もっと早く家具なんて処分してしまうんだったのに…。
あんな大声で怒鳴るなんて、すごく大人気ない真似しちゃったし。
祥平は普段あんなだから、俺の方がずっと年上なんだってことあんまり意識したことない。けど、あいつまだガキなんだよなあ…。俺があのくらいの年にはアキに甘えてばっかだった。
(もっと余裕持ちなさい、か。)
俺が一人で空回りして、不安になって、祥平のこと信じられなくて、それであいつを傷つけてたのかも。
色々と反省した俺は、それからは自分の事ばっかり喋らないで、なるべく祥平の話を聞くようにした。
けど、良く分かんねえ…。
「…ふうん…それで、えーっと、そのセルを黴菌に注射するとどうなるの?」
「あのさ、別に無理に聞かなくてもいいよ。興味ないだろ?」
「ある、ある。祥平がやってる事は何でも興味ある。」
「黴菌にセルを注射するなんて言ってねえよ。ウォームのセルを抽出してそれを更に分裂させて、RNAのsingle stranded molecule 核を…」
いや、英語で話されると、もうチンプンカンプン。思わず、
「話クドクない?その細かいことは分かんないから、それで何をしてるのかっていうことを…」
「だから、ガン治療の研究。」
「いや、そこまで端折らなくてもいいから、もう少し具体的に…」
「いいよ、もう。面倒くさい。」
めげない、めげない。
「なあ、お前のCD聞きたいんだけど、どれがお勧め?」
「え?知らないよ。敬吾と趣味違うし。」
「じゃあさ、DVD借りようよ。祥平の好きなやつにしよう。」
「どうしたんだよ、急に。気味悪い。」
め、めげない…
俺が日本のドラマ見てると相変わらず笑うけど、俺も最近は一緒になって笑ってしまったりする。笑う場面では決して無いんだけど…。結構、祥平に感化されてきてるかも。
特にどのドラマでもそうだけど、あのキスシーンはなんとかならないのかって思う。何もベロを突っ込んで舐め回せとは言わないけど、ロボットみたいに口くっつけて固まってるってかなり変。あんなんならやらない方がまだいいのに。
結局、ソプラノのDVDを借りて見た。祥平がやたらとジャージー訛りの物真似が上手いのに驚くと、
「こういう奴いるんだよなー。俺、ミドルスクールまであの辺にいたから。」
「えっ、そうなの?あの辺って、ニュージャージーのこと?」
「ああ、話してなかったよな。イングルウッド、ニュージャージー…。大きな街じゃないけど、日本人結構多かったんだ。」
「危ないとこだったんじゃないの?」
「は?いや、シティに通勤してる連中の家族ばっかの安全な街だよ。まあ今はどうか知らないけど。」
「けど、ソプラノとか見てると、何か危なそうだよね。」
「あれはドラマだし…。それにエリザベスはもう少しニューアークに近くて、小汚ねえ街じゃない?空港行く時見ただけだけど。」
祥平がラップトップを立ち上げると、トライステートエリアの地図を見せて説明してくれた。
「ほら、こっからだとGW渡ってシティまで直ぐだろ。」
「ほんとだ。」
「エリザベスはもうちょっとこっちの方。」
ほおお、さすがに住んでただけあって詳しい。それにしてもずっとサンフランシスコで育ったと思ってたのに…。普段は訛り全然無いし。
「どれくらいニュージャージーに居たの?」
「うーん。5年位かな…」
「お父さんの仕事、NYだったんでしょ?どうしてこっちに来たの?やっぱり仕事の都合?」
俺がそう聞くと、祥平が急にラップトップを消して立ち上がった。
「その話はもういいよ。腹減ったから何か食べよう。」
また躱された。俺が同じ事すると言うまでしつこく聞く癖に。
こういう風にされるとフラストレーション溜まって、この間みたいに爆発しちゃうのに…。
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*グッドウィル(Goodwill)っていうのは、家具や洋服、その他色んな日常雑貨の寄付を受け付けて、それを店舗で販売してる非営利団体です。
*クレイグズリスト(Craigslist)は日本にもありますでしょうか?オンラインの掲示板みたいなもので、地域毎にアパート探し、職探し、イベントのお知らせ、その他色んな情報を載せられます。敬吾みたいに何か売りたい時も、もちろん利用可能。
祥平が昔住んでいた場所に関しての説明は、書いてるうちに長くなってしまいましたので、もし宜しかったら、「日記もどき」(『ジャージー訛り』4/20)をご覧下さいm(_ _)m