夏休み

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ライン ドット

そこで簡単なランチを食べて水を飲んでから、しばらく木陰で涼んだ。日差しはもうかなり高くて、Tシャツ一枚でも汗ばむくらい暑い。

 

「昼と夜とこれだけ気温が違うって思わなかったわ。」

「暑いのはいいけど、夜あそこまで寒いと思わなかったなあ。」

「そうよねー。ま、あんたはいいけどね。私は身も心も冷え冷えよ。」

「また…だから悪かったってば。」

 

リュックはまだ重いけど、少し休んでランチを食べたおかげでまた歩く気力が出る。こうして景色のいいポイントがあると、何時間も歩いた疲れが報われた気になるから不思議だ。

 

祥平は俺と姉貴が座って話してる間、他のパーティの人達に夜どの辺でキャンプするのがいいか聞いてたらしい。

 

「午後はそんなに頑張って歩かなくても大丈夫。もう少ししたらまたビスタポイントがあるから、そこでまた休もう。」

 

トレイルがどこかで重なっているのか、その次のポイントまで今までよりずっと人が多くなった。大抵は追い越されるけど、のんびり歩いてたり、写真を撮ってる人達を追い越したりして、1時間くらい歩くとトレイルの脇に突き出た岩場にまた人が集まっていた。

 

「うわー!」

 

岩場の先の簡単な柵の方まで行くと、入口から見えたエルキャピタンの切り立った崖が、遥か公園全体を挟んで反対側に見える。

 

「こんなに歩いたっけ?」

「バスでトレイルまで来たじゃない。昨日、ほら、あの段々になってた坂を上がって一休みしたとこからでも、結構遠くに見えたし。」

「へー、人が増えたと思ったら、みんなここで写真撮るんだ。」

 

という訳で俺達も写真を撮ってあげたり、撮って貰ったりした。

 

「この写真、姉貴の会社の人に見せたらびっくりするんじゃない?」

「そうねえ…。あ、そうだ!ねえ、私と祥平君と二人で撮って!」

「え?あ、うん。」

 

(あのー。なにやってるのかなー?)

 

なぜか姉貴は祥平にしなだれかかり、祥平も調子を合わせて姉貴の肩を抱いて頬に…

 

キスする!?

 

「けーちん!早く!今のちゃんと撮ってよお!」

 

思わずカメラを離して見てると、姉貴に怒鳴られた。祥平が不思議そうな顔で聞き返す。

 

「けーちん?」

「あ、そうなの。昔はそう呼んでたんですよー。今は、けーちんって呼ぶと叱られちゃって。」

「当たり前だろ!」

「へえ…けーちん。ククッ、馬鹿っぽい。」

 

だからそう呼ぶなって言ったのにー!

 

「写真撮ってやんない。」

「もう、すぐ拗ねるんだからー。」

「そうだよ、いいじゃんか、けーちんで。アホっぽくて可愛いいよ。はい、もう一回チューするから撮って。」

 

(うーっ、こんな写真後で消してやる。)

 

姉貴がデジカメを俺から取り上げると、その写真をチェックして騒いだ。

 

「きゃー、この写真見せたらみんなびっくりするわ!祥平君、ありがとう!」

 

景色はどうでもいいのか!

 

「けーちんはいいなあ。こんな素敵な彼氏がいて。祥平君ってホントに女の子は駄目なの?残念だわあ。」

「うーん。」

 

祥平が首を傾げてジーッと姉貴を上から下まで眺めると、真面目な顔で言った。

 

「お姉さんなら大丈夫かも。顔は敬吾とそっくりだし、胸も無いし。なんなら俺と試してみます?」

「きゃああー、是非い!」

 

クラッ…

 

「けーちんが死んでますよ。」

「嫌あねえ、ほんっとに冗談が通じないんだから。」

 

お前ら…。

 

大体だ、男欲しい年増と何でも一度は試してみたい男と…

 

ただの冗談で済むか!

 

黙々と歩く俺を無視して、姉貴と祥平は俺をネタに盛り上がった。

 

「お前って、いっつもいい子ぶってるけど、実はすげー尻軽じゃん。」

「うそ!けーちんが?」

「そう、誘われると誰にでもホイホイ付いてくし。」

「だ、誰が!」

「あ、そうそう。そう言えば、初めての時もホテルのバーで引っかけられて、そのままお部屋に直行しちゃったみたいで、ちょっと考えられないわよねー。」

「こら!黙ってろ!」

「なに、そうだったの?」

 

くそー、姉貴なんかにもう絶対なんにも話さないからな!

 

今日はチョコチョコ休むせいか、道が歩き易くなったせいか、やたら元気な姉貴はいつもの調子を取り戻して、ペラペラ喋り続けた。

 

人の事だと思って…

 

確かにアキに誘われてホイホイ付いていったわけだけど。

 

―――暗かった俺の青春。

 

今もそうだけど、中学、高校と俺はひたすら自分の性癖を隠して過ごした。ちょっとでもカマっぽい奴は悲惨な苛めにあわされるって分かってたし、とにかく周りに合わせて「普通」にすることだけに毎日気力を使い果たした。

 

好きな人とかも出来なかったし、高校の時なんかクラスで人気のある女の子のことを好きって思い込もうとして、その子が他の誰かと付き合い始めると、失恋したって友達に言って回った。自分でも半ばその子に本当に失恋したって錯覚したくらいだ。

 

「普通」になりたくて、「普通」って思われたくて、それだけに必死だった学生時代。

 

一度だけ同じクラスの男の子と手を握ったことがあった。大人しい子で、俺とは普段仲良くしてた訳じゃないのに、どういう訳かその日は一緒に下校して、人がいなくなった所で手を握られた。

 

今考えれば悪い事したと思う。向こうはきっと勇気を出して手を握ってくれたんだろう。けど、「普通」っていう強迫観念に囚われてた俺は、慌てて手を払い除けて走って逃げた。

 

その子とはその後高校を卒業するまで、結局一度も口をきかないままだった。

 

大学に入っても同じ。こっそり夜にそういう場所に行ってみたこともあるけど、化粧した男に声掛けられて逃げた。その手の雑誌も恥ずかしくて買えないし、今と違ってネットで情報満載ってことも無くて、好奇心だけが募っていって…。

 

そういう時にアキに会った。

 

そのバーに入った時からピタッと決まったスーツ姿に見とれてしまった。目が合うと慌てて視線を逸らすけど、またチラチラ盗み見して…。

 

トイレに立った時にわざとらしく無いように、でもギリギリまでカウンターに座ったアキの後ろ姿に近づいてみたりした。

 

俺がトイレから出てくるとスツールから立ち上がったアキにぶつかって、「すみません」って謝ると、笑いながら擦れ違い様にシャツのポケットに紙片を入れられた。

 

ホテルの部屋の番号が書かれただけの紙切れ。

 

今まで会った中で最高にいい男だったのと、好奇心と性欲ではちきれそうだったのと、多少回ってたアルコール。

 

それでもアキがバーから消えて30分くらいは、決心がつかなくてグズグズしてた。

 

帰っちゃったらどうしよう…

 

そう思ってパニックになって、いきなり席を立って帰るっていう俺を友達はあっけに取られて見てたけど、もう俺は夢中で教えられた部屋に走ってた。

 

緊張でガチガチになってる俺にアキは優しくて…

 

「お前っていっつも同じパターンなわけ?進歩がねーなあ。」

 

突然、祥平の声が俺のフワフワした回想を断ち切った。

 

「ほんとにけーちんって“あなたにお任せ”な子なのよねー。」

「危なっかしくって目が離せないし。」

「強引なタイプに弱そう。」

「そうそう、その通り!」

 

なにがその通りだ!一番強引なのは誰だよ。

ライン ドット

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