夏休み

7

ライン ドット

明るい日差しと人の話し声でぼんやり目が覚めた。テントの外で祥平と姉貴が話してる声が切れ切れに聞こえる。

 

「…飯が出来るまで寝かしといてやったら…」

「…いい加減に起こしても…」

 

身体はあちこち痛いけど、良く寝たおかげて頭はすっきりしていた。寝袋の中に祥平の匂いが残ってる。少し寝袋に顔を埋めてその匂いを吸い込むと、夕べの事を思い出して、俺はヘラヘラしながら寝袋から這い出た。

 

思い切り伸びをしてると姉貴がテントの中を覗いた。

 

「幸せそうな顔しちゃって…」

「あ、おはよう!夕べは良く眠れた?」

「あんたねえ…」

 

姉貴が上目遣いに俺を睨むと首を振った。

 

「人が寒くて凍えてんのにイチャイチャと…」

 

ひっ!

 

「あ、あの…まさか?」

「聞こえたわよ。」

 

あんなに必死に声堪えたのに!

 

「じゃあ、そう言ってくれれば…」

「いつ、どう言えっていうのよ。」

「ご、ごめん。」

「そんな、謝られてたって…」

 

大げさな溜め息の後で、

 

「もういいわよ。私が間違ってたわ。カップルにくっ付いて旅行に行くなんて最低って分かってたのに、つい…。ああっ、もう、私も年下の可愛い彼が欲しい!」

 

姉貴がそう言って両手の拳を固めると、祥平が姉貴の横から顔を出した。

 

「敬吾、起きてたんだ。お前が飯食ってる間にテント片づけるからサッサと…あれ、どうした?」

 

一人で身悶える姉貴と、真っ赤になって俯いてる俺を見て、祥平が不思議そうな顔をした。

 

「あの…いや…その…」

 

そしてシドロモドロの俺と赤くなって目を逸らす姉貴を交互に見比べて、明るく尋ねる。

 

「あれ、ひょっとして夕べの聞こえちゃいました?」

 

ど、どうしてそう言いにくいことをズバッと…

 

「ごめんなさい。けど、敬吾が悪いんじゃなくて、俺のせいだから。俺、敬吾にくっ付かれると我慢できないんです。」

 

そう言って、とっても朗らかに姉貴に笑いかけた。

 

仕方なく姉貴は祥平に引きつり笑いを返し、俺はどこ向いてたらいいか分からなくて、やたらテキパキと荷物を纏め出した。

 

「敬吾、いいから早く食べろ。トイレもどっかその辺で済ませて来い。」

「う、うん。」

 

参った…

 

どうやら俺はかなり寝過ごしてしまったらしくて、他のパーティーはもうほぼテントを畳んで、出発の準備をすませてる。置いていかれて熊に襲われると怖いから、焦って缶詰を掻き込んだ。

 

「そんな慌てなくてもいいのに。」

 

祥平が後ろに立つと、両手を俺の腰に回して肩に顎を乗せた。

 

「起こしてやればよかったかな。サンライズ、奇麗だったよ。敬吾と見たかった…。」

「う、うん。明日は起きるよ。」

「夕べは悪かったな?しんどかった?」

 

小さく首を振ると、祥平が俺の首筋に軽くキスして身体を離した。

 

「テント畳んでくる。」

 

林の中は薄い霧が立ち込めていて、じっとしてるとセーターを着ていても肌寒い。ただ空は青くて昼間はまた暑くなりそうだった。霧も少しずつ流れていて徐々に晴れていく。

 

(山の天気って変わり易いんだ。)

 

朝ご飯を食べてしまうと、祥平が纏めてくれた荷物を抱え上げた。祥平が自分のリュックの空いたスペースに俺の分も詰めてくれたから、昨日より随分軽くなってるはずなのに、持ち上げた瞬間から肩に食い込む。

 

昨日半日歩いただけで泣きそうだったのに…。

 

今日一日大丈夫か、俺?

 

俺のせいで出発が少し遅れたうえに、俺と姉貴のペースが遅くて、歩いているのが俺達だけになってしまった。

 

「なあ、これで熊が出たらどうすんの?」

「はあ?何言ってんの大丈夫だよ。トレイル歩いてる限り昼間は人のいる所に来ないから。」

「そっか…」

 

そう言われてもちょっと心配だったけど、そのうち後ろから別のパーティーに追いつかれた。

 

「な?夏休みだからどのトレイルも結構人がいるって。心配すんな。」

「良かった。」

「今日は結構歩くから、休みながら行こう。お姉さんも大丈夫?」

「はい。まあ…取りあえず。」

 

9時を過ぎると完全に霧が晴れて日差しが急に強くなる。立ち止まってセーターを脱いだ。午前中はそうやって徐々に強くなる日差しに合わせて、時々一枚ずつ服を剥ぎ取りながら歩いた。

 

例のスティックを突きながら、同じような杉林の中の緩やかな傾斜の道を延々登っていく。時々遠くから人声がしたり、鳥の鳴き声がする他は自分のハアハア喘ぐ声しか聞こえない。

 

ただ肩にずっしり重い荷物はともかく、ブーツのお陰で歩くのがそれ程辛いってことはない。姉貴も同じ事を考えていたのか、

 

「高くてもいいブーツ買っといてよかったわ。」

「ほんと。足全然痛くない。」

 

本当はもう少し前に買って足に慣らしとくべきだったんだけど、分厚い靴下を履いてるせいか、しっかり足に合わせて買ったからか、実に快適。年寄りみたいでカッコ悪いと思ってたプラスチックの軽い杖も優れもので、クロスカントリースキーみたいに手と足で前に進める。

 

自分のリズムで歩けばそれ程辛くなくなってきた。あんまり景色を眺めるゆとりはないけど、先に歩く祥平の背中を見ながら黙々と足を動かす。そうしてしばらく歩いてると、人声が聞こえてきて、前方の坂の上の斜面が少し開けた所に人が集まってるのが見えた。

 

「俺らもあそこで一休みしてランチにしよう。」

 

どうやら先に行った連中や途中で追い抜かれた人達に追いついたらしい。そこまで辿り着いて斜面の空いた場所に腰を下ろすと、眼下に広々としたシェラネバダ山脈が連なるのが見えた。

 

「うわーっ、すげー!」

「ほんとだ!きゃー、立ち眩みしそう!」

 

あちこちで自分の名前を叫んだり、ワーワー言いながらエコーを楽しんでる人が居る。俺と姉貴もはしゃぎながらさっそく、

 

「ヤッホー!」

 

って叫んでみた。こだまが響いて帰ってくる。

 

「感激…スケールが違うわね。」

「うん。」

 

少し斜めになった地面から前に放り出されそうな、どこまでも広がる景色に吸い込まれそうな感覚がある。

 

両手を広げたら飛んでいけそう…

 

「ほら、イーグル!」

 

祥平が指す方をみると、大きく羽を広げた鷲が悠々と旋回していた。今や絶滅の危機にあってめったに見られない本物のアメリカンイーグル

 

まさにここはワイルドウェスト。

 

孤独に力強く舞うイーグルは、アメリカ人が求める強さのシンボル。

 

人間が彼らの生活圏を奪ってしまった。他の沢山の絶滅寸前の動物と同じように…。

 

(こいつは一人なのかな?ちゃんと仲間がいるといいな。)

 

頑張れ!

 

心の中でエールを送ると、スッと弧を描いてイーグルが視界から消えた。同時に周りから「ああっ。」っていうような感嘆の声が上がる。

ライン ドット

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