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「はーい!」
祥平に急かされて、姉貴と声を揃えて返事した。そこに車を停めておいて、園内を走るバスでトレイルの入り口まで運ばれる。どのトレイルがいいかなんてまったく分からないから、全て祥平にお任せだ。
バスから降りてリュックを担ぐと、既に重くて…ううっ…。
俺が早くもヨロヨロしてると、祥平がプラスチックの杖みたいなものを姉貴と俺に渡してくれた。
「はい、スティック。それあると少しはましだから。」
爺さん婆さんじゃあるまいし、とは思ったけど、荷物の余りの重さに素直に杖を貰っておくことにした。
・・・・・・・・・・・・
しっかし…
最初のうちは坂道とはいうもののちゃんとした道だった。そのうち道がどんどん細くなったかと思うと、見上げるばかりの段差のある上りになって、頂上が見えない山壁にジグザグに作られた狭い段々を、一歩一歩踏みしめて登る破目になった。
それにとにかく背中の荷物が重くて、俺は爺さんみたいに杖に縋って歩いた。
「もうちょっとだから、頑張れ。」
「さっきからそればっかりじゃん!」
もうちょっとって言われてから、絶対1時間以上登ってる。姉貴も俺も無口になってただひたすら歩き続けた。夏休みのシーズンのせいかトレイルには沢山の人がいて、前後を人に挟まれて歩いているから、周りのペースに合わせて黙々と歩くしかない。
(もう死ぬ…)
荷物放り出して泣こうかと思ったら、
「ほら、着いた。」
やっと祥平がそう言った。
「あ…」
やっと登りついた頂上は少し開けた空き地になっていて、その先にパークの入り口が遥か下に見える。
「一休みしよう。」
そう言われて荷物を降ろして、地面にペタンと座った。姉貴もようやく這い上がってくると俺の横に座って喘いだ。天気が良いのはありがたいけど、日差しが地上より強くてギラギラ目を焼く。サングラスが無いと目を開けていられない。
水筒の水を姉貴と分けて飲んでると、祥平が言った。
「そろそろ行くよ。」
「えー、もうちょっと休んで行こうよ。」
「そうもしてられないんだ。前の連中についてかないと。」
「何で?」
「暗くなる前にキャンプ地点決めて、ある程度纏まった人数でキャンプしないと。」
「そうなの?」
「うん、熊に襲われると嫌だろ?」
いいいーっ!
姉貴と引きつった顔を見合わせる。そんな話は聞いてない!
(ったく、なんで初心者にそういうハードなことさせるかな…。)
心の中でブチブチ文句を言いつつ、ここまで来たらしょうがないので、またひたすら歩いた。姉貴は自分が張り切って行きたいって言い出した手前、さすがに俺に文句を言う訳じゃないけど、明らかに後悔してる。
可笑しいやら可哀想やら。
俺が不機嫌にしててもしょうがないから、気を取り直してリュックを揺すり上げると姉貴を先に行かせて、後ろから姉貴に話し掛けながら歩いた。
祥平は前のパーティーに話し掛けてる。どこでキャンプするのか聞いてるらしい。道がまた広く平坦になりだして、さらに1時間程歩くと水の流れる音が聞こえてきた。
「もうすぐ行くとクリークがあるから、そこでまた一休みしよう。そこからキャンプするところまでは直ぐだし、彼らと一緒にキャンプしようってことになったから。」
彼らっていうのは少し先を歩いてく4、5人の白人の若い男女のグループで、とっても元気そうだ。
少し歩き続けると突然林が途切れて、目の前を緩やかにカーブを描いて流れるせせらぎが現れた。透き通った水が強い日差しにキラキラ光る。
「…奇麗…」
ぐったりしてた姉貴が声を上げた。
途端に前を歩いてた連中が歓声を上げると、荷物を投げ出し、服を脱ぎ捨てて流れに飛び込んだ。
「え!?」
姉貴と俺が顔を見合わせた。全員素っ裸って…。
「あいつら北欧の方から来てる学生らしいけど、羞恥心ってもんが無いな。」
って、祥平に言われちゃるようじゃお終いだし。
「けど、あれだけ堂々としてると卑らしくないわね。なんか…あっけらかんとしてるっていうか…」
姉貴がそう言うと、祥平がにっこり笑って言った。
「じゃあ一緒に水浴びします?」
「そ、それは、遠慮しときます。」
頭を振る姉貴に、祥平がクスクス笑った。
「もう少し先に行って水着に着替えれば平気?キャンプするのに落ち合う場所は大体分かってるから。」
確かに汗をかいて気持ち悪い。
もう少し歩くとクリークが林の中の木陰に入り込んで、水の流れが緩く溜って浅瀬になっていた。そこまで行くと、今度は2組の家族連れが水着で流れに浸かっていた。
「ハーイ!」
彼らはアメリカ人らしい。まだ小学生くらいの子供連れなのに、ここまで登って来たんだって感心した。
林の陰で水着に着替えて流れに浸かる。浅瀬の水は思ったより冷たくない。家族連れに話を聞くと、彼らも同じ場所でキャンプする予定だった。
(良かった。熊が出るなんて言われると、もっと大人数でいたいくらいだ。)
火照った足を水で冷やすと気持ちが良くて、流れに身体を任せてぼんやり頭上を見上げた。びっしり茂ったオークの木の葉の間から洩れる日差しが、チカチカと目に眩しい。
小学生くらいの子供たちがワーワーはしゃぎながら跳ね飛ばす水が、キラキラと宙に弾けた。
空気も水も澄んでまるで別世界だ。隣で姉貴が伸びをした。
「あー、来てよかった。なんか生き返るって感じ!」
「うん。」
そんな俺達を見て、祥平が笑った。
「頑張ったかいがあったろ?」
「途中で死ぬかと思ったけどね。」
「ええ?今日はそんな歩いてないじゃん。明日、大丈夫かよ?」
林の中の平坦な空き地に着くと、既に疲れてる姉貴と俺を座らせて、祥平が手際良くテントを設置した。周りにも少し間隔を置いて、大小様々なテントが合計5つ設置され、その真ん中に小さなキャンプファイヤーが焚かれる。
缶詰の中身を暖めて簡単な夕飯を食べながら、ヨセミテに詳しそうな家族連れの話を皆で聞いた。
そのうち日が落ちると急に冷え込んでくる。俺は持ってきたセーターを着込んで、その上に毛布を巻き付けて姉貴と包ったけど、だんだん歯の根が合わなくなってきた。
(なんじゃこりゃ…さ、寒いー。)
空は満天の星空で、遮るもののない空からはまさに星が降ってきそうだ。頭上だけでなく、その遥か下の方まで星空が周りを囲むように広がって、自分が宇宙の中の小さな点になったように感じた。
奇麗とかっていうより、ふと心細くなるような厳しさがある。
そして、とにかく寒いっ!
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グリズリーベアっていう熊さんが一杯いるんですけど、人を襲うようなことはないみたいです。(だから祥平は大げさに敬吾を脅して楽しんでるんですね♪)
ただ、うかつに食べ物を放置しておくと、缶詰なんかでも車を壊して盗んでいくらしいので、食べ物はテントやリュックでなく、キャンプ地とか駐車場にある食べ物専用のボックスに仕舞うように、って言われます。