夏休み

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ライン ドット

「あのさ、さっきの話だけど…」

「ん?」

「祥平がビーガンになったのって、健康上の理由なの?」

 

考えてみれば変な話で、祥平が病気したなんて聞いた事ないし、いたって健康そうだ。

 

「大学院でね、初めて動物実験したんだ…。詳しい事は言いたくないけど、それ以来。」

「そうだったんだ…」

 

知らなかった。祥平が強そうに見えて繊細なのは知ってたけど、そういう理由だったなんて。

 

(実験動物が可哀想だったから?)

 

「時々さ、疑問なんだよね。Does it all worth it?人間の病気直すためにさ、研究のためっていって沢山の動物を殺したり…そんなの意味があるんだろうかって。人ってそれだけの価値のある存在なのかって。」

 

「祥平…」

 

「俺が今やってる研究は、直接動物使って実験するわけじゃないけど、もし研究がある段階に進めばいずれは誰かがやるわけだし。別に俺が肉食わなくても、それで何が変わるわけでもないけどさ。せめてそれくらいしなきゃって思ったっていうか…可笑しいよな?意味ないことして…。」

 

(俺は本当に祥平のことを知ってるんだろうか?)

 

全然疑問のかけらも無く、自分の道を突き進んでると思ってたのに、急に自信無さそうに辛そうな目をする。

 

そう言えば、前に俺のアイスクリーム食べて「罪悪感」感じるって言ってた。気にも留めなかったけど、そんな風に感じてたなんて…。

 

「可笑しくない!俺、そういう祥平の優しいとこ好きだよ。そういう気持ちって、きっと大切だと思う。研究のためなら動物殺しても何も感じないっていう方が変じゃん。そういう傲慢で冷酷な奴は、人のためになる研究だって出来ないよ。だってほら、医は仁なりって言うだろ?」

 

「え?胃が腎臓?」

 

「違うよ、えーっと、医術っていうのはー、テクニックだけじゃなくって、仁術、つまり、えー、だからメンタルなケアが大事ってこと。」

 

最近日本語の諺とか言い回しが思い出せないことがあるんだけど、でも確かそういう意味のはず。

 

「ふーん、なるほどね。医は仁なり、か。」

「そう、だから祥平みたいに、その…色々考えて悩むのって悪い事じゃないよ、きっと。ほら、俺が癌になっても祥平が治してくれるんだろ?」

「ああ…そうだな…」

 

可愛いので頭を撫でてあげた。

 

「そういえば、アルコールは何で飲まないの?一滴も飲まないよね。それも健康のためとかじゃないんじゃないの?」

 

俺がそう言った途端、祥平がツイッと俺から離れて、急に冷たい目で俺の顔を見た。

 

「敬吾、アルコール飲まない奴にそういう質問はするな。」

「え?」

「俺が…俺が酒飲まないのは…recovering alcoholicだからだよ。」

 

は?え、えええー!?

 

recovering alcoholicって…

 

元アル中?

 

「色々あったんだ、昔…。今は、その話はしたくない。」

「あの…」

「いつか話すから。」

 

そう言うと祥平は俺に背中を向けてしまった。

 

(アル中だったなんて、そんな…どうして?)

 

若くて健康そうで頭も良くて…それなのに、なんで?

 

けど、俺に背を向けた祥平の背中が少し強張って見えて、俺にはそれ以上何も聞けなかった。

 

俺が祥平に会った時あいつはまだ22。今だってやっと23。やっと大人になったばっかりで、どうしてアルコール中毒なんて?

 

その夜は色々考えて余り眠れなかった。

 

時々見せる俺の知らない顔…酷薄な表情、冷たい瞳。初めて会った時からそうだった。

 

俺は本当に祥平を知ってるんだろうか?

 

愛してる…

 

そう聞こえたのも気のせいだったのか…気紛れだったのか…

 

(いつも思うけど、眠ってる顔は天使。)

 

あどけない表情で奇麗な口が少し開いて、軽い寝息を立ててる。

 

健康そうな、アル中なんて言葉とは無縁の整った顔立ち。すべすべした滑らかな頬。

 

俺には分からない…なにも…。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

次の日、俺は祥平が仕事に行ったのにも気づかずに寝過ごしてしまった。姉貴もさすがに時差ぼけで起きられないらしい。

 

10時か…。

 

しばらくベットに座ってボーっと外を眺める。今日も快晴なり。ただ少し風がありそうだ。

 

(姉貴に薄着で出かけないように注意しなきゃ。)

 

首を振って祥平のことは考えないようにした。

 

いつか話すって言ってくれたんだし…。

 

信じてればいいんだよな?

 

今、大切なのは今だから。

 

とりあえず服を着て下に降りると、起こさないと後で煩いから、一応姉貴を起こしてみた。

 

「ん…今なんじー?」

10時過ぎだけど、もう少し寝てれば?」

「んー、あと2時間したら起こしてぇ。」

OK

 

その後、姉貴を連れてユニオンスクエアにショッピングに出かけた。いつも思うけどここのパーキングが高いのには参る。ぼったくりもいいとこだ。

 

姉貴が自分の買い物をしてる間に、俺はハイキングブーツを選んだ。ティンバーランドのブーツはいい値段で、どうしようか迷ってると携帯が鳴った。

 

「ねえ、私もそっちに行くわ。」

「え?いいよ、俺まだだから。

「やっぱり私も一つ買っとく。」

 

せっかく買っても二度と履くことが無いかもしれないし、姉貴は特に買わなくてもいいんじゃないって言ったんだけど、23日かけて山道を歩くって言われてそのくらいの準備はしておこうって思ったらしい。

 

結局二人とも200ドル近いブーツを購入した。顔を見合わせてちょっとナーバスに笑う。

 

(ギアは買ったものの体力がついて行くんだろうか?)

 

そうこうするうちに出発の前日。次の日は早起きして行くからって言うんで、祥平はドアの近くに持っていくものを纏めてしまった。

 

大きなリュックに缶詰とか服を詰め、その上にテントを乗せて縛る。そうすると全体の嵩が俺の腰くらいまでになる。俺の分のリュックの上には寝袋を縛り付けた。

 

ふえー、これを担いで歩くのか…。考えただけで腰が痛い。

 

姉貴には小さいバックパックに、自分の分の着替えだけは詰めて運んでもらうことにした。

 

「ま、23日ならこんなもんだろ。軽い軽い。」

「…。」

 

そう祥平が言うから、思わず姉貴と顔を見合わせた。

 

ったく。行きたいって言ったの姉貴だからな。途中でへばっても知らないっと。

 

次の日の朝、ワゴンに荷物を積み込むと、まだ暗いうちに家を出た。

 

夏とはいえ、サンフランシスコの早朝はTシャツ一枚じゃ肌寒い。レイヤーにしろって言われて、その上に薄手のシャツを重ねて着た。姉貴もジーンズに新しいブーツで格好だけはそれらしい。

 

まず南に下って、それからハイウェイをひたすら東に走る。途中からはまったく人家がなくなって、いかにもワイルドな自然が顔を出し、姉貴は景色が変わるたびに感嘆の声を上げた。

 

それからものの3時間程で、昼前にはヨセミテの入り口に着いた。

 

「こんなに近かったんだ…。」

「日帰りは無理だけどな。」

 

祥平がキャンプするための許可証を貰ってくる間、姉貴と二人でビジターセンターの周りを囲む、雄大としか言いようの無い景色に圧倒されたていた。

 

ビジターセンターのパーキングからは、エル・キャピタンっていう切り立った岩山が遥かに聳え立つのが見えた。何人かのロッククライマーがその岸壁に取り付いている。

 

「信じられない。あの高さ上るなんて…。」

「うん…見てるだけで目が回るよねー。」

 

そう言いながら二人でぼんやりしてたら、祥平が戻って来た。

 

「ほら、ボケっとしない!トレイルまでサッサと行くぞ。」

ライン ドット

 

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