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お盆休みのピークを避けて、姉貴は8月の終わり頃に来ることになった。それでヨセミテに出掛ける3日間、家を空ける留守中のことを近所の人に頼む事にした。
左隣は独り暮らしの気難しそうなおばあさんで、殆ど付き合いが無い。時々息子さんや娘さんが来てるみたいだけど、いつも来ても挨拶するわけでもない。
右隣は弁護士の一家で小学生位の子供がいる。この一家には明らかに避けられている。特に年下の男の子を見かけて笑いかけたりしようものなら、露骨にならないようにしつつ、サッと両親のどちらかが子供を庇うように隠してしまう。
だったらサンフランシスコに住まないで、テキサスかどっか行けばいいのにって思うんだけど…。
そのまたお隣には年上の女性のカップルが住んでいて、この人たちとは仲良くしている。白人の弁護士とブラックの女性はUCSFの文学部の教授だそう。
彼女達には家の暗証番号を教えてあるから、留守中のことを色々お願いすることにした。
キャンディとシンディはドッグウォーカーのおばさんに散歩してもらって、餌は御近所さんに頼む。彼女達も同じおばさんに秋田犬の散歩を頼んでて、最初はそれで祥平と仲良くなったらしい。
アヤちゃんのおトイレの掃除と餌もお願いした。
「あの、それと…もし時間があったら、時々撫でてやってもらえませんか?淋しがりやなんで…。」
「あら、知らない人でも大丈夫かしら?」
「全然人見知りしないんです。ただ、外に出さないようにしてくれますか?家猫なんで。」
「分かったわ。任せといて。家のことは心配しないで楽しんでらっしゃい。」
やっぱり近所の人に頼むのが一番安心だから、彼女達と休みが重ならなくてほんとに良かった。
会社には一週間休みを貰うことにした。仕事始めたばっかりだけど、オファーがきた時点で夏休みを取らせて貰うっていう条件を飲んでもらってたんで、特別に有給休暇。
ヨセミテに行く以外にもショッピングに連れて行ったり、ビーチに連れてったり、姉貴がいる間は忙しい。
そして8月終わりの土曜日。
空港に迎えに行くと、相変わらずの姉貴が税関を出てきた。たしかアキと同じ年のはずなんだけど…うーん、そうは見えない。
「けーちん、久し振りー!」
「うん、久し振り。元気?」
薄手のサマードレスを着てると、やたらと子供っぽくってスーツ姿とは大違いだ。
「寒いわねー、相変わらず。」
「何回も来て分かってんだから、そんな薄着してくんなよ。」
「だって日本は蒸し暑いんだもん。」
でっかいスーツケースをトランクに入れて、寒そうな姉貴にジャケットを貸してあげた。
(俺と同じで寒がりなんだよな。)
普段メールもチョコチョコくるし、電話でも話すんで改まって話す事も無いんだけど、101号にのって市内へ向かう途中、兄貴のことや、甥っ子、姪っ子の近況なんかを聞いた。
ハイウェイが上りにかかり、大きくカーブを描くと、絵葉書そのまま、トランスアメリカやバンカメのハイライズを中心に、奇麗に纏まったサンフランシスコの街並みが広がる。
「いつ来ても素敵よねー。」
「そうだね。」
確かに何回見ても、それなりに感動してしまう美しさ。今日みたいにすっきり晴れた青空が背景なら尚更に。
「どうする?真っ直ぐ家に行ってシャワーして昼寝とかする?」
10時間近いフライトの後でも、いつもなら姉貴はショッピングに行く元気があったりする。
「そうねえ…じゃあそうさせてもらうわ。なんか素敵なお家みたいだし。」
「へえ…。」
「なによ?」
「珍しいじゃん。いつもはショッピングに行くって騒ぐのに。やっぱそろそろ年かな?」
「違うわよ!けーちんの住んでるとこが見たいだけよ。」
そうだ、今のうちに。
「言っとくけど、俺のことは敬吾って呼べよ。」
「あら、そうだったわね。」
「“けーちん”なんて呼んでも返事しないからな。」
「はい、はい。」
坂を上ってフェアモントホテルのある角まで来ると、そこを左に曲がった。
「きゃあ、素敵なお家が一杯!」
騒ぎ出す姉貴に適当に相槌を打つと、いくつか角を曲がって祥平の家の前で車を停めた。
「嘘…ここなの?」
「うん。ちょっと待ってて。」
何が入っているのか知らないけど、やたらと重いスーツケースをトランクから引き上げると、ゴロゴロ転がしていって門を開け、それから暗証番号を打ち込んで玄関のドアを開けた。
「どうぞ。」
「お邪魔しまーす。」
そう言いながら一歩ドアの中に入った途端、姉貴が息を飲んだ。
「すっごい…」
だけど、そう呟きながらリビングに向かって足を踏み出した姉貴は、唸り声を上げて飛び出したキャンディとシンディを見て、ギョッと立ち竦んだ。
「キャンディ、シンディ、お座り。」
2匹ともしばらく姉貴に向かって歯を剥いていたけど、俺が何回か「お座り」を繰り返すとようやくカウチの陰に隠れた。
「聞いててもやっぱりびっくりするわねえ。」
「近くで唸られると迫力だろ?」
「そうねえ。それに最初はどうしても景色に気を取られるじゃない、余計びっくりするわ。」
もう大丈夫だって言っても。姉貴はおっかなびっくり、カウチを避けて大回りして窓に近づいた。
「今日は晴れてるからベイの方まで奇麗に見えるけど、霧があると2、3軒先も見えないんだよ。」
姉貴が溜め息を吐く。
「素敵ねえ。」
「うん。」
姉貴の目を通して改めて今は見なれた景色を眺める。確かにこんな家に住んでるなんて贅沢だってシミジミ思う。
いつの間にかアヤちゃんが起きて、ミャアって小さな声で鳴いた。だあれ?って聞いてるみたいだ。
「あら、アキちゃん、お久し振りでちゅねえ。」
「今はアキじゃなくて、アヤちゃんなんだ。」
「あ、そうか。アヤちゃんでちたねえ。またちょっと大きくなりまちたね。」
姉貴が手を伸ばすと、アヤちゃんは盛んに匂いを嗅いでたけど、思い出せないらしい。それでも姉貴が撫でてあげると、気持ちよさそうにストレッチした。
「ねえ、今のうちに2階も見せて貰っていい?」
「あ、うん。」
祥平は今日も普段通り昼間は働いていて、ディナーの時間までは帰らない。
「ほんとだ、アルカトラズが見える!信じられない…。それに、なにこれ。すごいおっきいベッド!2階が全部ベッドルームって贅沢よねー。無駄なスペース一杯余ってるじゃない。あたしのマンションこの部屋にすっぽり入るわよ!」
2階に上がると、姉貴は一人ではしゃいでベットに飛び乗った。
「きゃー、フカフカ!いいなー、けーちん。こんなとこに住んでるんだ。羨ましいー!」
そうかと思うとベットから飛び降りて
「ねえ、バスルームも見たいな?ジャクジーがあるんでしょ?」
「え、うん。」
バニティの方に歩き出す。
「うわー、ちょっとお、このウォークインクローゼットだけで、うちのリビング位あるんじゃないのお?すっごおい!」
そして、その奥のバスルームを見て、
「オーマイゴッド!」
なんで英語?
「いやーん、なにこれ、いやらしい!男二人でこんなんに浸かっちゃってんのー!きゃー!」
ジャクジーを見て騒ぐし。
(頭痛くなってきた…。)
とにかく祥平が帰る前に2階を見せといて正解だった。
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