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「それでさー、ランチの間中、祥平のことばっか聞くんだぜ。いい加減ムカついた。」
「しょーがないじゃん。俺がいい男なんだから。」
ったく、言うんじゃなかった。
その夜、祥平と一緒にディナーを食べながら、マークのこととか会社の話をしてたら俺の携帯が鳴った。
(そう言えば今日マークに携帯教えたっけ。何だろう早速…)
そう思って何気なく携帯に出た。そしたら…
「敬吾?良かった、番号変わってないんだね。」
「アキ!?」
携帯から突然聞こえてきたのは、日本にいるはずのアキの声だった。
(どうして?)
反射的に祥平の方を見ると、祥平もパッと顔を上げてこっちを見た。その間もアキの声が続く。
「元気か?会社辞めたんだって。今、出張でこっちに来てるんだ。色々話したいこともあるし、一度会えないかな?」
「…アキ…」
「うん?」
最後に話してから1年以上になる。黙って俺を捨てて行った癖に、何も無かったみたいな声で話すアキに怒りが込み上げた。
「俺は今更アキに話す事なんて何もないよ。悪いけどもう電話しないでくれる。」
「敬吾、ちょっと待って。黙っていなくなったのは悪かったって思ってる。会って謝りたいんだ。頼むから…」
「謝ってなんかいらない!二度と顔も見たくない!アキは勝手だよ。勝手にいなくなって…いまさら…いまさら…」
何て言ってやったらいいのか、それ以上アキに向かって投げつけてやりたい言葉が出てこない。
「敬吾、俺、敬吾と別れた事すごく後悔してる。妻ともあんまり上手くいってないんだ。俺は今でも敬吾が…別れてからも敬吾のことばっかりずっと考えて…」
「嘘吐き!アキはそうやっていっつも嘘ばっかり!俺をいつまでも馬鹿にするな!」
「敬吾…」
それ以上聞かずに携帯を切ると、多分目が吊り上って酷い顔なのを祥平に見られたくなくて、俺は2階に駆け上がった。
もし口喧嘩になって、俺が途中で2階に上がってしまったら、追いかけてこない、それ以上口論しないって祥平と二人で決めた。
今は祥平と喧嘩したわけじゃないけど、一人になりたい。
落ち込んだ時は、時々箱の中に入りたいって思う。暗い箱の中に入って、手足を丸めて小さくなっていたいって。
そういう気分のあまり、ウォークインクローゼットに入り込んで隅っこに膝を抱えて座った。
自分でも拗ねた子供みたいだとは思うけど…。
(アキの馬鹿…)
でも声を聞いた時は嬉しかった。一瞬ドキっとした…馬鹿みたい…
もし1年前に同じことを言われたら、俺は有頂天になって喜んだはずだ。そう言って欲しい、って頭の中で何度も考えていた。
“妻とは上手くいってない。敬吾とやり直したい。敬吾のことが忘れられない。”
アキと俺が本当に終わってしまうはずがない、いつか必ず俺の所に戻って来てくれるって心のどこかで信じてたのに…。
いまさら…
「そんなとこ座って…泣いてんの?」
祥平の影がクローゼットの入り口から声をかけた。
「…泣いてなんかない…」
クローゼットの中にぼんやりした影のまま、人の温かさが滑り込んできて、祥平がペタンと尻餅をつくと俺の横に座った。
「泣いてもいいよ。」
「悲しい訳じゃないからな。悔し泣き…人を馬鹿にして…」
本当はそれだけじゃない。やっぱり悲しい。
1年…少し時間が足りなかったみたいだ。アキの声を聞いて平気じゃいられない。
10年間…心から想い続けた俺の初恋の人。
「…ごめん…俺…」
祥平の前でアキのために泣くなんて…
「なあ、敬吾…」
祥平が何か言いかけたから、真っ暗なクローゼットの中で顔が見えないのを幸い、俺は明るい声を出した。
「ごめん、ごめん。もう平気。ちょっとびっくりして腹立っただけだから。あんなやつ、もうどうだっていいのにさ。」
俺がそう言いながらTシャツの裾で涙を拭ってると、祥平がポツンと言った。
「10年だよな…」
「え?」
「お前、アキって奴と10年付き合ったんだろ?」
「…うん…」
自分でも信じられない。長かったような…あっという間に過ぎてしまったような。
祥平には20代全部アキに捧げたって馬鹿にされた。就職蹴って男に付いてったなんて、今時信じられないって姉貴にも呆れられた。
アキに言われたら何でもした。アキの望むままにどこへでも付いて行った。そうすることが誰かを好きってことだって思ってた。自分はアキのためだけに存在してると思うことが幸せだった。
そういう自分が可哀想で泣ける。
何も考えず、何も知らないで、無邪気イコール馬鹿だった俺。もう二度とあの頃の自分には戻れない。戻りたくもないと思う反面、失ってしまった純情さをちょっぴり悲しく思う。
俺が女でアキと結婚してたら、そういう無邪気な自分のままで幸せになれたかもしれなかった。俺のものにはならなかった、そんな幸せ…。
やっとアキは今ごろどうしてるかなって思えるようになったのに…。
二人目の子供が出来たかな?幸せに暮らしてるかな?部長になって本社に帰ったって聞いたけど、今でもバリバリ仕事してるかな?
可愛い奥さんと今は3歳になるアキの子供。女の子。
アキが幸せならいいって、やっと思えるようになったのに。
「会ってやれよ。」
思わず顔を上げて祥平を見たけど、暗くてぼんやり影が見えるだけだった。
「10年も一緒にいて、ちゃんとサヨナラ言ってないんだろ。一遍会ってきちんと話せよ。後悔するぜ。」
後悔…。
「でも…」
「俺に遠慮すんなよ。後で俺のせいにされるの嫌だからな。」
「そんなこと…」
そう言って、俺の頭をクシャクシャって撫でると、祥平がクローゼットから出て行った。
祥平も俺に顔見られたくないのかな、ってフト思う。
また俺を試してるんだろうか?それとも無理して言ってくれたんだろうか?
俺…
会いたい…アキに?
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