さよなら

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ライン ドット

「おはよう。」って言う同僚の顔が少し気の毒そうなのは、俺が一緒に住んでる彼女に振られたっていう噂が広まってるからだろう。

 

中国人のおばさんに「何があったの?」って聞かれたけど、にっこり笑って「何でもない、もう平気。」って答えておいた。

 

最初は好奇心で聞いてくれても、誰も人の愚痴なんて聞きたいわけじゃない。会社でまでウザイって思われないように、俺は努めて明るく振る舞った。

 

一応まだ俺の上司であるジェフと、恭介さんの二人に、明日の午後休みを貰いたいってメールを出しておいた。昨日みたいに仕事がある時は別として、用が無い時はなるべく恭介さんの邪魔をしたくなかった。

 

二人から簡単なメールでOKの返事が来ると、俺は自分の気が変わらないうちにトラックをレンタルした。

 

会社に居る間はそれなりに気が紛れるけど、その後アパートに戻って一人になりたくなくて、帰りにトイレットペーパーやなんか、取りあえず必要な物を買い込んで時間を潰した。最後にベトナム・ヌードルの店でなるべく時間を掛けて夕飯を食べると、嫌々アパートに帰った。

 

その間何度も携帯をチェックしたけど、祥平からは何の連絡も無い。

 

2日経って最初の怒りが納まったら、ひょっとして気が変わって電話してくれるんじゃないかって少しは期待してた。だけど祥平はもう俺の事なんて忘れてしまってるかもしれない。

 

敬吾は暇だから過ぎたことをグチグチ考えるんだって言われた事を思い出す。俺なんか忙しいから下らない事いつまでも考えてられないって言ってたっけ。

 

明日の午後行かなければ、週末の間アキを放っておく事になる。もう休みを取ったんだから、やっぱり明日は荷物を引き取りに行かなくちゃいけない。

 

それでエンドマーク。

 

その夜は中々眠れなかった。目を閉じると祥平の事ばかり考えてしまう。側に祥平が居ないのが不思議で…もう二度と会えないかもしれないって思ったり、そんなはずないって思い返したり。

 

泣いちゃいけないと思うから、楽しかった事ばかり思い出す事にした。

 

晴れた週末は、マリーナの方にキャンディとシンディを連れてよく散歩に行ったっけ。寒がりの俺は、風の強い日には少し歩くと唇が紫色になった。祥平がびっくりして、次からは毛布みたいにモコモコしたジャケットを無理矢理俺に着せてくれた。ちょっと目立ったけど温かくて、祥平の匂いのしたジャケット。

 

海からの風は晴れた日でも思いがけないくらい強い。祥平が毛布とサーモスタットを抱えて歩いて、途中でベンチに座ると二人で毛布に包まって一緒に温かいお茶を飲んだ。

 

そんな日でもTシャツにショーツでジョギングしてる人が居て「絶対あいつらおかしいよね。カリフォルニアに住んでるからって、意地でも薄着で通してるんじゃない。」とか言って、顔を見合わせて笑った。

 

男二人でくっ付いて座ってても誰も見向きもしないけど、祥平が毛布の陰でふざけて俺にキスをするのを、一度小さな女の子が不思議そうにじっと見てた。家族連れが多いから余りイチャイチャしちゃ悪いよって祥平に言うと、さすがに照れてたけど、俺の腰に回した手は離さなかったっけ。

 

どうしてって自分に問い掛けたくなるのを堪える。どうしてこうなってしまったのかって…。考え出したら止まらなくなるから、時々静かに涙を流しながら、ただ幸せだった時間だけを記憶の中から取り出しては辿った。

 

次の日も祥平からはもちろん何の連絡も無くて、俺は諦めてトラックをレンタルすると通い慣れたハイウェイを祥平の家に向かった。当然だけどいつもと同じに見える奇麗なビクトリアンスタイルの家。

 

だけどもうここは俺の住む場所じゃない。

 

暗証番号は祥平の言ったとおり変わってなくて、ドアを開けて入るとアキがミャーミャー鳴きながら飛んできた。キャンディとシンディもカウチの向こうからドアまで挨拶に来た。俺はしばらく中腰のまま、みんなの頭を撫でてあげた。

 

しばらく旅行に行ってて帰って来ただけっていう気になる。本当にそうだったらいいのに…。

 

もしかして祥平が帰ってこないかと思って、グズグズしてたけど、思い直して階下の空き部屋から荷物を玄関に運び出した。アキ達はその間、カウチに座って俺の様子をじっと見ていた。

 

取りあえず荷物の入った箱とトレッドミルをトラックに積み込んでから、最後にアキをバスケットに入れた。俺に抱かれて油断してたアキは、バスケットを見て抵抗したけど、何とか押し込むと、もう一度キャンディとシンディにさよならのハグとキスをした。

 

(もう一緒に散歩行ってあげられないけど、元気で。お前達の事も大好きだったよ。)

 

アパートに荷物を運んでトラックを返してしまうと、グロッサリーを買いに行った。しばらく外食が続いてたから、野菜に餓えてた。祥平と暮らしてた間の主食が野菜だったせいもある。

 

もう自分で好きな物を作って食べても文句を言われないんだから、ステーキでも焼こうかと思ったけど、ちっとも食べたいと思わない事に気づいた。

 

(無理に祥平に合わせてた訳じゃなくて、俺、祥平の料理好きだったんだよな。)

 

アパートに帰るとアキが抗議の声を上げた。祥平の広い家から俺のコンドより更に狭いアパートに突然連れてこられて、アキも戸惑ってるらしい。

 

ごめんな、アキ。

 

撫でてやろうとしたけど、怒ってるのか俺に触らせない。そのうちカウチの上で、岩のポーズのまま固まってキッチンに居る俺をじっと睨んだ。

 

でもどうしてやる事も出来ないから、しばらく放っておいた。ぼんやりTVを見ながら味の分からないディナーを食べたけど、アキと同じで俺もレンタルの家具に囲まれて全然落ち着けない。

 

どうせ一月もすればまた引越しだと思うと荷物を開ける気にもならなくて、必要な物だけ取り出して、後はリビングの隅に箱を積み上げておいた。そのせいで余計に落着かない。

 

次の日は休みで仕事に行かなくてもいいと思って、その日の夜は思いっきり泣いた。自分を罵って自己嫌悪にどっぷり浸って、最後は殆どそれに酔いしれる。それが一番いけないっていうセラピストの言葉を忘れた訳じゃないけど…

 

糞食らえだ。

 

だけど次の日の気分は最低だった。自分の女々しさにまた落ち込む。週末の間中最悪な事ばかり考えて過ごした。

 

祥平はもう別の奴と遊んでるんだろうか?あいつがその気になったら相手は直ぐに見付かるだろう。目を合わせるだけで、大抵の奴は落とせる。それでなくてもセフレは山ほどいる。

 

祥平が俺にしたように、他の誰かに優しい笑顔を向け、甘い言葉を囁き、奇麗な指でそいつを愛撫するのかと思うと心臓がキリキリ痛んだ。

 

俺は祥平の過去に嫉妬した事は無い。今、俺と居てくれればそれで充分だと思ってたし、そんな嫉妬なんてしてる暇も無いくらい毎晩抱き合ってた。だけど今、祥平が他の奴と居るって想像しただけで、苦しくて辛くてとても耐えられない。

 

俺だけを見てて欲しかったのに、俺以外の誰にも触れて欲しくなかったのに。

 

月曜日が来てようやく俺自身から解放された。また泣き腫らした暗い顔を鏡に映して、無理矢理笑顔を作ってみる。その朝はどうやっても泣き笑いにしか見えなくて、諦めて会社に行った。

 

皆にますます気の毒そうな顔で見られた。話し掛けて愚痴でも聞かされちゃたまんないって感じで、露骨に視線を逸らす人もいる。なるべく誰とも顔を合わせないように自分のデスクに張り付いて過ごしたけど、午後になって恭介さんに呼ばれた。

 

「失礼します。」

「…敬吾君…。」

 

恭介さんの心配そうな声には気がつかない振りをした。

 

「金曜日は午後お休み頂いてありがとうございました。今日はなにか?」

 

じっと俺を見てたけど、なにも聞かない事にしようって決めてくれたみたいだった。

 

「本社からレポートについて回答が来ました。概ねこちらの言う事に賛成っていうことですから、さっそくEワークスの方とコンタクトを取って共同でプロジェクトを進めたいと思います。最初の契約その他は社長と僕で決めますが、それが済み次第、敬吾君には向こうのプロジェクトマネージャーと会って貰いますから、今週中にプロジェクトチームを決めて下さい。」

 

いよいよ俺と恭介さんだけで進めてきたプロジェクトが本格的に軌道に乗る訳だ。

 

やっぱりそれは嬉しかった。チームには何人くらい必要か恭介さんと相談すると、会社のエンジニアは皆今抱えてる仕事もあるから、このプロジェクトにどの位時間を割けるかをもう少し検討しなくちゃいけないけど、最終的な人選は俺に任せてくれるって言ってくれた。

 

話が具体的になってからは契約も順調に進んでるみたいで、俺もカーラに手伝って貰って社内の違うグループのエンジニアとミーティングをセットアップして、プロジェクトチームのメンバーを選んだ。

 

自分の仕事だってあるのに、幸い皆このプロジェクトに興味を持ってくれて、是非一緒にやりたいって言ってくれたから、レジメを見てその中から経験もあって、特にプロジェクトへの参加に熱心な4人を選んだ。

 

週末になると相変わらずグズグズ泣いて過ごしたけど、おかげで仕事にいる間は祥平の事を考えずにすんだ。そして5月になって、いよいよ俺がEワークスの方のプロジェクトリーダーと会う事になった。

ライン ドット

 

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