さよなら

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ライン ドット

家を出たのが8時過ぎてたせいで、渋滞に引っかかった。いつもなら苛々するところだけど、ぼんやりした頭には周りがスローモーションで動いているような奇妙な感覚がある。

 

オフィスに着くと受け付けの女の子がギョッとした顔で俺を見た。慌てて少し顔を逸らすようにして「ハイ。」って言って自分の席に逃げた。多分酷い顔なんだろう。

 

恭介さんにも合わせる顔が無くて、午前中は自分の席でひっそり座ってた。バスルームの鏡で顔をチェックすると、泣き腫らしたって直ぐ分かる真っ赤な目をして、髪もグチャグチャだった。

 

いつもは会社の近くのカフェテリアでランチを買うけど、会社の皆と顔を合わせるのが嫌で、わざわざ少し離れたインド・バフェの店まで車で出かけた。

 

列に並んで適当にライスやカレーを皿に盛りながら、祥平がいたらクリームが入ってるかどうか、店員にしつこく聞くとこだよなー、って考えて首を振った。

 

もう俺には関係ないんだ…。

 

一人で座れそうな席をぼんやり捜してると、会社のアドミの女の子達と目が合って、一緒に食べようって誘われたから、仕方なく同じテーブルに座った。せっかく会社の人間が誰もいないと思って来たのに、彼女達もどうやら自分達だけで色々噂話をしたかったらしく、偶然同じレストランを選んだらしかった。

 

いわゆるアシスタントとかアドミニストレーター、ようは秘書なんだと思うけど、今はそういう呼び方はしない事になってるから、その女の子、っていうか女性は会社に3人いる。

 

他にも受け付けの若い子がいるけど、受け付けの子はしょっちゅう入れ替わるし、今の子は可愛いから、若いエンジニアの男の子達と仲がよくて、この3人とはつるまないらしい。

 

一人は野島さんの秘書のカーラ。

 

仕事の出来る、俺と同い年位の女の子で、父親がスイス人、母親が日本人らしい。その前にいた秘書のおばさんがちっとも役に立たない人だったから、彼女がが辞めた時アキがホッとしてた。カーラはアキが選んで雇ったアシスタントで、忙しい出張のスケジュールを組んだり、日本から来る煩い本社の連中のホテルや送迎の手配をしたり、プレゼンの資料を準備したりと、いつも忙しそうに働いてる。

 

もう一人は若作りだけど、多分もう少し年上のブロンド美人。

 

彼女は社長のアシスタントだ。飾り物の社長は時々野島さんにくっ付いて出張に行ったり、会議に行ったりする他は余りすることがなくて、そのアシスタントも暇そうだ。仕事の出来る人は雇われても直ぐに辞めてしまうし、今の彼女は社長が単に目の保養に選んだっていうもっぱらの噂だ。カーラとランチに来る程仲がいいなんで意外だった。カーラの嫌いなタイプだと思ってたのに。

 

最後の一人は会社で何かと俺に話し掛けてくる白人の太ったおばさん。

 

この人は苦手だ。特に誰のサポートって訳じゃなくて、オフィス・マネージャーっていうタイトルで、備品のオーダーとか、毎月その月に誕生日がある人のためのバースディ・パーティの準備、クリスマス・パーティのセッティング、会社を辞める人の送別ランチ、そういう誰もやりたがらない事をやらされてる。っていうか、嬉々としてやってる。わざわざ遠くの店で美味しいケーキを買ってきたりして。

 

そう言えば旧正月のパレードで会ったっけ。祥平がこの人俺に気があるとか変な事言ってた…。ああ…あの時の祥平はほんっとに奇麗で…。

 

ぼんやりしてるとカーラが聞いた。

 

「ケーゴ、顔色悪いわよ。どうしたの?」

「別に…平気だよ。ちょっと寝不足なだけ。」

「そう。キョースケもいつも遅いけど、ケーゴも大変ね。あなたはVPじゃないんだし、いつも付き合う必要ないわよ。」

「そうだね。ありがとう。」

 

もう付き合えない…。会社、辞めようかってフト思った。

 

「キョースケ、今朝本社からメールが着てて、朝からフランティックよ。あなたとやってるプロジェクト、今日中に経過をまとめて報告して欲しいんですって。あっちで会議があるかどうか知らないけど、ほんとに勝手よね、いつもいつもギリギリになって言ってくるんだから。」

 

「え?」

 

「なに、知らないの?あなたも手伝ってるんじゃないんだ?こんな所でのんびりランチなんか食べてるからおかしいとは思ったけど…。」

 

思わずフラっと立ち上がりかけると、カーラが言った。

 

「座ってなさいよ、ケーゴ。食べてからでいいでしょ。あなたに手伝える事は無いのかもしれないし。」

 

そう言われてみればそうだ。それにしても…恭介さんはさすがだな。俺がグチャグチャ考えてる間に、もうテキパキ仕事してる。手伝える事があるかないかやっぱり聞いてみよう。

 

「キョースケって恋人いないのかしら?」

 

突然話を振ってきたのは社長のアシスタントで、途端に皆で話が盛り上がった。どうやら恭介さんが離婚してるって彼女たちは知ってたらしい。毎日遅くまで働いてるんだし、週末も出張が入ったり、本社からの来る人間やクライアントの接待で忙しそうだから、多分恋人を作る暇は無いはずっていうことで、皆の意見が一致した。

 

恭介さんってモテるんだ…。そうだよね。

 

そのうちアキと恭介さんとどっちがいい男かっていう話になった。あーでもない、こーでもないっていう話し合いの結果、顔はアキの勝ちだけど、恭介さんの方がセクシーっていう事で皆の意見が一致した。

 

なんとなく…納得。

 

「男の目から見るとどうなの?ケーゴはどう思う?」

 

いきなり俺に振られて焦ったけど、ここで動揺したら、アキにも恭介さんにも迷惑だと思って、無理矢理引きつった笑顔を浮かべた。

 

「そんなの俺に分かる訳ないじゃん。」

 

男の目って…俺に聞くの間違いだし。

 

別に俺の意見に興味があった訳じゃないらしく、次は社長が今の奥さんと離婚寸前だっていう話が始まった。

 

今の奥さんは2度目だそうで、その奥さんとは余りうまく いってないらしい。社長のアシスタントは興味津々で、どうやら自分が3番目の奥さんになりたいみたいだ。

 

カーラと社長のアシスタントの間で話が盛り上がり、ランチを食べ終わった俺が先に出るタイミングを伺ってると、俺の隣に座ってた太ったおばさんが話し掛けてきた。

 

「ケーゴはよくここに来るの?私もこのレストラン好きなのよ。今度一緒に来ない?」

「…そのうち…。」

 

まさかとは思うけど、本当にこの人俺に興味があるんだろうか?軽く腕に触られてゾワッと悪寒が走った。まだカーラとかならともかく、この3人の中で俺に関心があるのが彼女だけなんて…。

 

俺、ストレートだったとしても、不毛な人生だったんだろうか?社長のアシスタントなんて、チビ、デブ、ハゲの三重苦の社長の方に興味があるし。

 

それでも皆とランチを食べたおかげで気が紛れた。またオフィスでね、って言って先に店を出る。

 

俺が一人で悲劇の主人公してる間にも、周りは俺に関係なく動いてる。会社はそのうち辞めることになるかもしれないけど、プロジェクトが一段落してから、恭介さんに…いや会社にも迷惑をかけないようにしてからにしようと思った。

 

そう決めてしまうと少し気が軽くなった。会社にいる間は余計な事を考えないようにしないと。

 

決心が鈍らないように、会社に着くとすぐに恭介さんのオフィスのドアをノックした。

 

「どうぞ。ああ…敬吾君…。」

「失礼します。カーラに聞きました、今日中に本社にレポートを提出しなきゃいけないって。もし俺に手伝える事があったら何でも言って下さい。」

 

恭介さんが静かに言った。

 

「ドアを閉めて。」

「あの…俺は仕事を…」

「なにも取って食おうって言ってるんじゃありません。忙しいんだから、早くドアを閉めなさい。」

「…はい。」

ライン ドット

 

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