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オフィスを出たのが既に夜中近くだった。いつもよりずっと遅い。さすがにこの時間なら祥平も家に帰ってるはずだった。恭介さんはああ言ってくれたけど、祥平の顔を見たら俺には黙っていられる自信が無かった。
もし帰っても祥平が俺を無視したら黙っていようか…。
無かった事にしてしまえばいい。これからは嫌がられても祥平が帰るのを待って、話を聞いてくれるまで側にくっついて、もう怒ってないって言って、仲直りしてくれるまでまとわりつくんだ。
そう決めていたのに家に帰ると祥平がドアを開けた。そのままいつもの無表情で聞く。
「今夜は随分遅いな。」
声にも感情がこもってなくて、何か言おうと思う俺の舌が強ばった。足が少し震える。祥平が黙って俺を見詰め、俺はどうしても目を合わせられなくて、うな垂れてしまった。
「…敬吾…お前…。」
祥平の声が少し掠れて震えているような気がして思わず顔を上げたけど、やっぱり表情が読み取れなかった。その時までは黙っていようと思っていたのに、その声を聞いた途端、考える前に言葉が口から飛び出してしまっていた。
「祥平、ごめん!俺、俺…恭介さんと…あの人と寝た。けど俺、間違ってた。俺はやっぱり祥平が好き!ずっと淋しくて…それで、俺…。でももうこんな事絶対しない。祥平が構ってくれなくても、俺の事うっとうしいって思っても、俺は祥平が、祥平だけが好き!」
必死に訴える俺を冷たく見据えたまま、まったく表情を変えずに祥平が低い声で呟いた。
「それで…良かったの?」
「え?」
「だから良かった?ちゃんと感じた?」
「そんな…そんなのどうだって…」
低くて感情の篭らない声が続く。
「どうだっていいってことは無いさ。言えよ。ちゃんとイッたのか?どうなんだよ?」
「それは…その…。」
「なんだよその顔。別にいいじゃん。遠慮するなよ、聞いてやるぜ。あいつ結構遊んでそうだし、敬吾なんかあっという間に犯られちゃったんじゃねー?」
「…。」
「言えよ!」
いきなり怒鳴られてビクっとした。
「…悪くはなかったよ。けど、俺は…。」
「出てけ…。」
一瞬何を言われたか分からなくてボケっとしてるともう一度言われた。
「出てけ!」
「…祥平…。」
俺が突っ立ったままでいると、祥平が2階に駆け上がった。そのうち2階から俺の服が次々にリビングの床に降ってきて、最後に俺のバッグがその上に放り投げられた。
アキが起きてミャーミャー必死な鳴き声を上げ、キャンディとキャンディも床に伏せたまま耳をピンと立てる。
2階から祥平の声が降ってきた。
「今夜は置いてやるからそこで寝ろ。明日の朝、俺が起きる前に出て行け。1週間待ってやる。昼間俺のいない間に猫と他の荷物引き取りに来い。1週間経ったら玄関の暗証番号は変える。猫はレスキュー・センターに連れてくし、荷物は捨てる。分かったな!」
「祥平!お願いだから、俺の話を…」
「それ以上ゴチャゴチャ言うなら今すぐ出てけ!嫌なら黙れ!」
「でも、俺...」
「Shut the fxxk up!」
ああ…
しばらく動けないでいると、そのうちポロッと涙が零れてきた。
カウチの上に祥平が使ってた枕と、きちんと畳まれた毛布が重ねて置いてある。それ以上何も考えられなくてその枕と毛布を抱いてカウチに座った。祥平の匂いがして、それでますます涙が溢れた。
俺は心のどっかで祥平が俺を許してくれる事を期待してた。悪いと思ってたけど、ホントはそれ程悪い事をしたとは思ってなかったのかもしれない。
祥平は普通の俺が好きと言ってくれた。俺が清潔だって…そんな風に思ってくれてたのに、俺は一番不潔で汚い事をした。
どうして許して貰えると思ったりしたんだろう?やり直せるなんて…何も無かった事にして…。
カウチで丸くなって泣いてる俺の上に、アキが飛び乗ってフルフル喉を鳴らした。キャンディが俺の顔に鼻を擦り付けてクフンと鳴く。シンディもカウチの横に立って俺の足に顔を乗せた。
皆の頭を順番に撫でてやる。ごめんね。アキ、また二人だけに逆戻りになっちゃうんだ。馬鹿なパパでホントにごめん。せっかくいいお友達が出来たのに…。
キャンディもシンディもごめん。二人共最初は怖いと思ったけど、本当はとってもいい子達だったね。せっかく仲良くなれたのに、さよならだ…。
普段は嫌がるアキも大人しく、俺は皆を抱えてグループ・ハグをした。しばらくキャンディとシンディの首を撫でてやってから起き上がると、散らばった服を集めてバッグに詰めた。アキが珍しそうに服の上に座り込んだり、バックの中に飛び込んだりして遊び始めた。それを見ながらノロノロ動く。
時々服の上に涙が落ちて染みになって、自分がまた泣いてるのに気づいた。頭がぼんやりして感情が湧かないのに、涙だけは勝手に流れるらしい。フト気づくと独り言をブツブツ言ってたりした。
「どうして俺はいつもこうなんだ。どうしていつもこうなってしまうんだろう。きっと俺が悪いんだ。俺がどうしようもない馬鹿だから…。」
バックに服を詰めてしまうともうする事が無い。出て行くっていっても、コンドも人に貸してあるからそこに戻れる訳でもない。1週間…祥平だって可愛がってくれてたんだから、まさかアキを捨てたりしないと思うけど、荷物は多分捨ててしまうんだろう。それでもしょうがないかとも思う。
ずっとレンタル・スペースに取ってあった俺の家具。そろそろ処分してもいいかなって思い始めた頃に祥平との仲がおかしくなった。どうせいつかはこうなるって思ってたんだ最初から…。
一晩中泣きながら、気がつくと時々独り言を言ってた。そしてそのまま一睡もしないまま夜が明けた。
朝になっても、祥平が起きてきて引き止めてくれないかと思って、しばらくグズグズしてた。でも何度か階段を上ってベッド・ルームに行こうとしては止め、結局バックを肩に掛けると自分でドアを閉めて家を出た。
車の中から最後に家を見る。
…もうここには帰れない。
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