残業

3

ライン ドット

それ以上俺に断る隙を与えずに、野島さんが車の助手席のドアを開けると運転席に乗り込んだ。濃紺のBMW。ワゴンじゃないけど、新車みたいだし高そうな車。

 

「本当に申し訳ありません。」

「かまいませんよ。どうせ僕もサンフランシスコに住んでますから。」

「え?」

「明日の朝も迎えに行きますよ。僕は明日の朝は会議が無いんで…9時位で構いませんか?」

「あ、はい。」

 

(それは知らなかった。珍しい…。)

 

日本人の駐在員は大抵シティじゃなくて安全な郊外に住む。家族を連れて来る人が多いから尚更だ。そう言えば野島さんはまだ家族を呼んでないんだろうか?最初の半年くらいは様子を見て、家族は後から呼び寄せるっていう人も多いけど…。

 

それでも普通は会社の近くにアパート借りて住むと思うんだけどな?

 

280でいい?」

「はい。じゃあお願いします。」

「そう固くならないで。少しプライベートな話をしませんか?」

「?」

 

プライベート?

 

ドキっとした。急に何だろう?

 

「敬吾君には美人の彼女がいるそうですね?」

「あ、はあ…。」

 

会社では一応そういう事になってる…。

 

「一緒に住んでるって聞きましたけど?」

「えっと、まあ…。」

 

そう言えば…家まで送って貰ってもし祥平が居たら?でもどうせあいつはまた遅いだろうし…。

 

「ところで、前にも聞いたと思いますけど、狩野君とはどういう関係なんですか?」

 

「!」

 

しまった!どうして俺は何か上手い言い訳を考えとかなかったんだろう?

 

夜だからハイウェイはガラガラだ。でも家までの30分かそこらの道のりが、突然途方も無く長く思えた。

 

「僕は彼と同期なんですよ。確か、彼のファースト・ネームは昭彦でしたよね。」

「はい…。」

「アキって呼んでたんですね。」

 

え!

 

な、なんで?どうして?

 

「アキいえ、あの…狩野さんがそんなこと野島さんに話したんですか?」

 

どうしてアキが?俺との事隠すのに、いつもものすごーく気を使ってたのに?

 

「やっぱりそうそういう関係だったんですね。」

 

「!」

 

今の…引っ掛けられた?

 

パニックに陥った俺に関係なく、野島さんの声は平静だった。

 

「アキって誰の事かって思ったんですけど…狩野がねえ。あいつがゲイだとは思ってもみませんでした。出世しか頭に無いゴチゴチのやり手だと思ってたら、可愛い部下の男の子に手を出してたとは…。」

 

「あの、野島さん…。どうして…その…」

「恭介って呼んで下さい。」

 

そんな事はこの際どうでもいいです!

 

「き、恭介さんは…どうして…あの…俺とアキ、いえ狩野さんの事。」

 

野島さんがジッと俺の顔を見た。

 

「覚えてないんですね、あの時の事。やっぱり何か飲まされてたんだ。」

 

なにか飲まされて…って!?あの時の事、何で知ってるのー?

 

俺が焦った顔を見て野島さんが笑った。

 

「少しは覚えてるんですか?ノース・ビーチのバー…ああいう事はよくあるの?」

「違います!俺はそんな事しません!あれは…あれは祥平が勝手に!」

 

思わず大声になった俺を野島さんは面白そうに眺めていたけど、俺は恥ずかしくて顔から火が出そうだった。

 

…祥平は俺がアソコおっ勃ててアンアン喘いでたって…。

 

そんなとこ…もしかして恭介さんに見られた?

 

「祥平君って、奇麗な子ですよね。一緒に住んでるんでしょ、ノブ・ヒルの大きな家で。」

「そ、それ…どうして?」

「それも覚えてない?君を家まで運ぶの手伝ったんですけど。」

 

祥平が言ってた…バーにたまたま居た日本人って…の、野島さん!?

 

「クスッ。そう慌てなくても大丈夫ですよ。あのバーに居たって事は…わかるでしょ?僕も同類ですから。」

 

あ!

 

ぜんっぜん気づかなかった。

 

「そんなびっくりしなくても…。ガッカリだなー。敬吾君に“そういう”視線送ってたつもりでしたけど、ちっとも気づいて貰えなかったんですね。」

 

だ、だって…。

 

一度も身体に触ったりとかされた訳じゃないし…。“そういう”視線って…時々じっと優しい目で見つめられたりしてたけど…まさかあれが“そういう”意味とは…。

 

「それにしても…。」

 

野島さんが俺をまた見つめる。

 

「僕が敬吾君の恋人なら、絶対にあんな真似はしませんけどね。もっと大事にします。」

「あの…あんな真似って?」

「意識が飛んでる君をバーの奥で…全然思い出せませんか?皆の前で祥平君に口で、イかされたんですよ。」

「!」

 

そ、そんな…。俺はフルフル首を振った。

 

覚えてない、そんな事全然覚えてない!

 

「イク時の顔…凄く色っぽかったですよ…。泣いちゃってたし…。助けてって言いながら喘いで…。」

「の、野島さん…見てたんですか?」

「恭介って呼んで欲しいな。さすがにあれは…皆見てましたよね。敬吾君、声…高いし…皆気づいちゃって…携帯で写真撮ってる奴とかいましたね。バーテンに没収されてましたけど。」

 

どうして?どうして…祥平…なんで?

 

「あれは危ないですよ。敬吾君も可愛いけど、祥平君がまた…あれでしょ。二人ともあのまま輪姦されちゃうんじゃないかと思ってハラハラしました。あそこのバーは噂通り客層が良くて、客の年齢層も高いけど…だからってあれはマズイですよ。バーテンとバウンサーが祥平君の知り合いみたいで、車に乗るまで見ててくれましたけど。」

 

「野島さん…それで…どうして…家まで?」

「恭介。」

「…恭介…さん、あの…。」

「…さあ…。でも僕を誘ったのは祥平君ですよ。君を家に運ぶの手伝ってくれって。」

 

なんでそんな事?見た目は華奢だけど、祥平はいつも俺を一人で軽々と抱え上げるのに…。

 

「どうも僕の事が嫌いみたいでしたね。僕が狩野君と似てるとは思えないけど…敬吾君が僕の事、アキって呼んだのが気に入らなかったんじゃないかな。」

 

あ、それで…アキ…昭彦って…。

 

「気に入らないって…祥平…恭介さんに何か?」

「やっと名前で呼んでくれた。」

 

そんなことはいいですから…。

ライン ドット

 

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