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次の週から、俺も家に帰るのが遅くなった。祥平は何も言わない。でも、「俺、今やりがいのある仕事任されてるんだ。」って言ったら、「良かったじゃん。見てる人はちゃんと見てるんじゃない?」って言ってくれた。ぶっきらぼうだけど優しい。
嬉しかったけど、祥平がクルッと背中を向けてしまったから、俺の方から手を伸ばすきっかけを失ってしまう。
同じベットで眠っているのに…手を伸ばせばそこに居るのに…。俺はしばらく祥平の背中を見つめていたけど、結局天井を向いて目を瞑った。疲れていたせいもある。仕事が順調だとプライベートが上手くいかない。
俺の方から折れればいいんだろうか?でも俺が悪いんじゃない…。
余計な事を考えないためにも俺はオフィスにいる時は仕事に集中した。野島さんは実質的には社長の仕事もしてるから、とにかく忙しい。彼のアシスタントのカーラが俺と野島さんのミーティングを、毎週一時間彼のカレンダーに入れてくれるんだけど、それも時々キャンセルされる。
野島さんはいつも夜9時過ぎまで仕事してるし、ディナーのアポの無い時は5時過ぎのミーティングは基本的には入らないから、俺が野島さんに聞きたい事があるときは、自然と皆が帰ってしまってから野島さんのオフィスに行って聞くっていう事になって、俺も家に帰るのが9時過ぎる事が多くなった。
以前なら祥平が待ってると思ったら、いくら野島さんの都合でも、絶対こんなに遅くまで毎日仕事するなんて事はしなかったはずだ。今は、祥平のいない空っぽの家に帰りたくなくて、野島さんと話す必要が無くてもオフィスに残っている。実際やる事はいくらでもあった。
シリコン・バレーをベースにした大手のオンライン・オークションのサイトに、うちの社のサービスを提供できるかどうか、マーケットの無い所にこちらからプロジェクトを売り込むっていうのが最終的なゴールだ。もちろん、クライアントの会社のビジネス、サイトのマッピング、システムのウィーク・ポイントをまず徹底的に分析してかからないといけない。
単にプログラムを書くっていう仕事じゃなく、手に入る限りのデータを集めることから始める。同じような事を考えてるアメリカ企業のコンペティターもいるし、リサーチする時間も限られてる。うちは他の企業に比べて少し出遅れてるから、このプロジェクトを成功させようとすればプレッシャーは半端じゃない。
そもそも俺が一人でやれるようなプロジェクトじゃないんだけど、取りあえず本社の判断で、フィーサビリティをまずは知りたいということらしい。それは既存の社員だけで考えてくれっていうことみたいだった。
今の段階では、野島さんには俺が簡単に纏めたユーザビリティのテストの結果を報告したり、バグと思われるパターンをリスト・アップして渡したりして、どのエリアを重点的に調べるべきかっていう相談をする。
たぶん身体が二つあっても足りないほど忙しいはずなのに、俺が夜になってから野島さんのオフィスに行くと、彼はいつも時間を割いて俺の話を聞いてくれる。
「いつも遅くまで付き合ってもらってありがとう、敬吾君。」
「いえ、こちらこそお忙しいのにすみません。」
一緒に仕事をするようになって1ヶ月近く経った。野島さん俺みたいな下っ端にも丁寧な言葉を掛けてくれる。いつの間にか関谷君から敬吾君に呼び方が変わったのが、少し野島さんと親しくなれたようで嬉しかった。
時々プライベートな話も出た。野島さんは英語がペラペラだけどそれは子供の頃ドイツで育ったからだって事や、そのせいで英語よりはドイツ語の方が得意って事も初めて知った。オフィスにいるから当然と言えば当然だけど、野島さんの英語は祥平と違ってカース・ワードが混じらない奇麗な英語だ。落ち着いた話し方は英語でも日本語でも変わらない。
「前にも言ったけど、敬吾君には無理を承知で大変な仕事を押し付けてるんだから、僕に気を使わないで。聞きたい事があったらいつでもオフィスに来て下さい。」
「ありがとうございます。」
そうは言っても就業時間中に野島さんを捕まえるのは難しい。でも、俺は野島さんと仕事が出来るのが楽しくて残業するのがちっとも苦痛じゃなかった。それは家に帰りたくないからっていうだけじゃない。皆が帰った後の誰もいないオフィスに野島さんと二人っきりになるのは、俺が野島さんを一人占めしてるみたいで嬉しかった。
3月の半ばのある日、俺はまた夜9時近くなってからオフィスを出た。祥平はもう帰ってるかな?また今夜も遅いんだろうか、ってぼんやり考えた。昨日も俺が眠った頃に戻ってきたみたいだ。この何週間かまともに顔も見ていない。俺の方が朝早いし、祥平は帰りが遅い。
いつまでもこのままじゃいけないと思いつつ、忙しさのせいにして、表面は何事もなく過ぎていく毎日。
あれ?
車に乗ってキイを回してもエンジンが掛からない。あっ!と思ってライトを見たら、やっぱり点けっぱなしだった。
(しまったー!いつかやるんじゃないかと思った!)
俺が家を出る頃は外はまだ薄暗い。当然車のライトを点けて走る事になるけど、オフィスに着く頃にはもう外は明るくて、自分の車のライトが点いてるかどうか見ただけじゃ分からなくなってる。意識してライトを消すようにはしてたけど、今朝は忘れてしまったらしい。
(やっぱり車買い替えようかな。)
このアコードはアメリカに来て直ぐ中古で買ったんで、今となっては相当古い。でもエンジンには何の問題も無くて、整備さえきちんとしてればまだまだ乗れるから、買い替えるのも勿体無いと思っていた。
(けど、これより新しいモデルだと、ライト点けっぱなしにしても時間経つと自動的にライトが消える機能付いてるんだよなー。)
俺は一応AAAのメンバーで、こういう時は呼べばバッテリーのジャンピングに来てくれるんだけど、時間が遅いから待たされることは確実だ。取りあえずAAAのカードを探して、1-800ナンバーに電話しようとしてると、野島さんがオフィスから出てきた。
「どうしたの、敬吾君?車のトラブル?」
「そうなんです。俺、一日中ライト点けっぱなしだったみたいで。」
「ジャンピングしてあげるから、ハンドブレーキ下ろしてギアをバックに入れて。」
「あ、でも、俺、AAAの会員なんで、電話して来てもらいますから。」
「すぐには無理ですよ。時間も遅いし。ケーブル持ってますから、少しバックさせて。」
「すみません。」
朝早い俺はオフィスのビルに一番近いスペースに車を停めるけど、そのせいで、野島さんの車とケーブルを繋ぐには壁際のスペースから車をバックさせる必要があった。言われたとおりギアをバックに入れて車の前に回ろうとしたら、野島さんが俺の車を押してくれた。
「あ、大丈夫です。俺やりますから。」
「この位スペースがあればいいです。」
ひゃあー何てこと!野島さんに俺の車を押させてしまったし。
しかも最悪な事にはせっかくケーブルを繋いでジャンピングして貰ったのに、エンジンがちっとも掛からない。焦っていると野島さんが聞いた。
「敬吾君、最後にバッテリー替えたのいつですか?」
「ああっと…ええー…。」
思い出せない…。
「多分このバッテリー死んでますね。」
「すみません。せっかく助けて頂いたのに…。」
どうしよう…。
この時間だとどのショップも閉まってるし、AAAのメンバーシップには、車をレッカーでショップまで運んでくれるまでは含まれていても、俺を家まで送ってくれるっていうサービスは入ってるはずもない。このオフィスからだと電車の駅までも遠いし、大体いつ電車が来るのかも良く知らない。ひょっとしてもう終電行っちゃったかも。
(祥平に電話して迎えに来てくれって言うのもなー。)
途方にくれてる俺を見て野島さんが「家まで送りますよ。」って言ってくれた。
「とんでもないです!そんな御迷惑な事。」
「かまいませんよ。いつも遅くまで働かせてる罪滅ぼしです。」
「けど、俺、サンフランシスコに住んでるんで、すごく遠いし…。」
「申し訳ないと思ってます。通勤が大変なのに残業ばかりで。」
「そんな…。野島さんだっていつも遅いし、俺、少しでも力になりたくて…。」
野島さんが黙ってしまった。あれ、俺もしかして今すごく偉そうな事言ったかな?暗くて野島さんの表情が分からなくて、何か言わなくちゃって焦ってると野島さんが言った。
「恭介…。恭介って呼んでくれませんか?」
「は?」
「ファースト・ネームですよ。そう呼んで下さい。上司としてでなく、友人として家まで遅ります。困った時はお互い様ですよ。」
「野島さん…。」
「恭介。」
「恭介…さん。」
うわっ、なんかすっごい照れる!
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カタカナばっかですみません。適当に話の辻褄を合わせようとして、こうなっちゃいました(汗)。適当に飛ばして読んで…。
AAA(トリプルA)っていうのはメンバーになってると、車が故障したりした場合、連絡すればレッカー車で駆けつけて修理に持ってってくれたりする、えーっとなんだろう、非営利団体です。保険のサービスとか、地図もくれるし、ホテルとかモーテルのガイドブックとかも出してる。免許を取ったらAAAのメンバーになるって感じ?