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次の日会社に行くと、俺が病欠したって聞いてた何人かの同僚に、「もう平気?」って声を掛けられた。割と仲良くしてる同僚には市民権のセレモニーのことも聞かれて、「無事終わったし、パスポートも申請したよ。」って答えておいた。
「これからは投票も出来るかわりに、Jury Dutyも回避出来なくなるね。」って言われて、その後、「あら、Jury Dutyは日当が出るのよ。」って言う中国系のおばさんのジョークに皆で受けた。
Jury Dutyの日当なんて5ドルとか冗談みたいな金額だ。それで、丸一日自分が陪審員に選ばれるかどうかずっと待ってなくちゃいけない。
みんなで自分が市民権の宣誓に行った時の話をして、結構盛り上がった後、皆仕事に戻った。代わり映えのしない生活にまた戻る。
昨日俺が市民権を取得した後で何をしてたか、なんてことはもちろん誰にも言わない。
サンフランシスコはともかく、俺が住んでるシティの南、いわゆるペニンシュラの辺りは、不動産の値段が異常に高いことを除けば、普通の中産階級の家族が住む郊外だ。
独身の男が一人で住んでて何することがあるような街じゃない。アキの近くに住みたくて、会社からも近い所に家を買ったけど、今となっては週末になると時間を持て余してしまう。
会社でお昼を時々一緒に食べるのは、やっぱりアジア系の同僚が多い。フィリピンから来てる女の子、中国系のおばさん、2世の男の子。インド人のプログラマーも2、3人いるけど、彼らはいつも自分達だけで群れてる。
でも仲がいいって言ってもそれは会社での話で、会社の外でまで付き合いがある訳じゃない。皆それぞれに家族があって、友達がいる。それに俺は自分の事は殆ど話さない。
家族にも会社にも俺がゲイって事は黙ってるし、もちろん3ヶ月前に帰国したブランチ・マネージャーの狩野 昭彦が俺の恋人だった、なんて言ったって誰も信じないだろう。
キッチンでコーヒーを炒れてると、俺の上司がやって来て「市民権取得おめでとう。今日はもう気分はいいのかい?」って聞いてくれた。
けど、目が笑ってない。
こいつは俺には意地が悪い。どこがどうってはっきり文句を言えるような事はしないんだけど、俺に対する態度が他の人に対するのと微妙に違う。もう50近い白人のおっさんで、俺が来る前からこの会社で居座ってる。仕事が出来ないからこそ余計に偉そうにするっていう典型みたいな奴だ。
多分、学校出たばっかりでロクに仕事の経験も無ければ、英語も片言の俺を、エンジニアとして雇えって上から言われて、気に入らなかったんだろうと思う。アキに文句を言ってもしょうがないから何も言った事は無いけど、こいつのお陰で俺はやりがいのある仕事を回されたことは一遍もない。
もうどうでもいいと思ってるけど…でもいい加減転職先でも探すか…。
そんなこんなでやる気の無い残りの週日をグダグダ終わらせると、週末は寝る以外もうやることが余りない。溜まった洗濯をして、掃除機をかけ、アキのトイレの砂を替えて、買い物行って…いつものルーティーンが待ってるだけだ。
さすがに「ちょっと運動しないと。」って思った。いくら何でもセックスしただけで、その後2日も筋肉痛っていうのはひどい。おまけに寝てると足が攣るし…そこまで年ってわけじゃないのに…。
そうやって土曜日の朝、やるべき事を考えてるだけで、やるべき事に取り掛からないままゴロゴロしてると、アキが俺に飛び乗ってミャアミャア鳴き出した。
「ハイハイ。」
週末でもいつも通りの時間に餌を要求される。リビングのブラインドを開けてあげると、窓の外の大きなオークの木にリスが攀じ登っていて、アキはどうやらそれを見たかったらしく、すぐにはキッチンに来ようとしなかった。
まだ7時半…。餌やったら寝直そう…。
朝はアキのボールに大好きな缶詰フードを入れてあげる。今日は大好物のツナ・フレーバーの日だ。缶の蓋をめくる音を聞いてアキが飛んできた。
「現金な娘だねー、まったく。」
フルルルンっていうような声で喉を鳴らして、アキが夢中で餌を食べはじめた。そしてアキのおトイレをチェックして、ウンチを片づけてると玄関のブザーが鳴った。
(あれ?土曜日のこんな朝早くから誰だろう?)
家に訪ねてくる様な友達はいないから、大抵は寄付金の申し込みとか宗教の勧誘とかで、ロビーに入れずに断ってしまう。
それにしても週末の朝早くに非常識な…。
「イエース?」
思いっきり不機嫌な声で返事をしたら、日本語が返ってきた。
「俺。」
「は?え!」
「俺だよ、祥平。覚えてんだろ、開けろよ。」
「な、なんで?どうして?」
「ドライバーズ・ライセンスの住所、ここだったろ?」
「だ、だけど…何してるの?」
「忘れ物、届けに来てやったんだよ。早く開けろ。」
「え、忘れ物って…俺何にも忘れてないと…。」
「ごちゃごちゃ言ってないで早く入れろ!」
忘れ物を届けに来たって言ってる以上、追い返す訳にもいかなくて、俺はブザーを鳴らしてロビーのドアを開けた。
アキが不思議そうに俺を見る。ガツガツ食べたらしくて、餌のボールはもう空っぽだったから、取りあえずアキを寝室に閉じ込めて、部屋のドアを少し開けると大急ぎで服を着た。
しばらくすると半開きのドアがノックされて彼が入ってきた。改めて見ると、やっぱり凄く奇麗な顔してるんで何か照れる。
「あの…忘れ物って?」
「これ?気づかなかった?」
あ、俺とアキの写真。そう言えばあの時財布から抜き取って、戻さなかったんだ…。
でも俺が写真に手を伸ばしかけると、彼はそれをポケットに戻してしまった。
「わざわざそれ届けに来てくれたの?」
「別に、ついでだから。入れって言ってくれないの?」
「あ、じゃあどうぞ。えっと靴脱いでくれるかな?」
彼はスニーカーを脱ぐと素足でリビングに入ってきた。足の爪が奇麗に整えられて磨かれている。そう言えば手も奇麗だよな…。
「ここに住んでんだ。」
そう言って、彼が珍しそうにコンドの中を見回した。まあ彼にとっては小さなコンドが珍しいのかもしれない。
(にしても今日はえらくカジュアルな服装で…ショーツにスェットってそれも新鮮だけど…。)
「何か飲む?」
「いや、いい。それより、今日はこれから何か予定ある?」
「えーっと、仕事!今日も仕事に行かないと。今、忙しくて週末も毎日仕事なんだ。」
とっさに嘘をついてしまった。こうして見てると華奢な感じがする位だけど、意外に力が強いのは分かってる。顔を見て嬉しい気もする反面、もう関わり合いになっちゃいけない気がしていた。
「休め!」
「は?」
「土曜だろ、1日くらい休め。今日は俺に付き合え。お前友達いなさそうだし、俺が相手してやる。」
まったくこの強引さはいったいどこから来るのか?
「だけど、祥平君も何か用事あったんじゃないの?さっき「ついで」って言ってたじゃん?」
「ああ、だから散歩のついで。これからハーフ・ムーン・ベイに散歩に行くから付き合え。俺一人でキャンディとシンディ引っ張りまわすの大変なんだ。お前も手伝え。」
「はあ…。」
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