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そのまま少し眠っていたらしい…階下からの声で目が覚めた。恐る恐る身体を起こすと、さっきまでよりは随分いい。ドーベルマンの姿が見えないのを確認すると、俺は床に落ちていた服を着て、ヨロヨロしながら階段を降りた。
彼が英語で何事か電話に向かって、怒鳴りつけている。
(うーん、全然訛ってない。でも発音は奇麗だけど…f’n this、f’n thatばっかで内容が全然分からん。)
俺の方を見た彼がまた電話に向かって大声を出すと、ガチャンと受話器を壁のラックに叩き付けるように戻した。
「ごめん、起こした?」
「う、うん。何かあった?」
「いや、labの馬鹿アシスタントが冷却ガスの使い方が分かんなくて、俺に来てくれって言うから…。これで何度目だか、あのstupid goxxxxm jerk!」
「らぶ?」
「あ、ああ。俺さ、今UCSFで博士号取得中なんだよね。今日はちゃんとlabの連中には休み取るって言ってあったんだけど…。」
「博士号…。」
さっきまで俺を無理矢理…いや結果的には俺もイッてしまったから、強姦されたとまで言う気は無いけど、でもやっぱりどう考えても強制的に犯られてしまった訳で…それが博士号…って?UCSFの学生?
「そ、med school。」
「医学部…って医者!」
こんな奴が…医者!
「違うよ。MDじゃなくてPhD。」
「はあ…。」
「だから、えーっと、臨床じゃなくて研究。」
「…研究って…。」
何か物凄く危ない人体実験とか死体解剖とか…。
「Stem cell。Gene therapyだよ。って言っても分かんないか?」
「…聞いた事ある…。ちょっと前にスタンフォードの教授がノーベル賞取ってTVに出てた…。」
「まあ、細かく言えば違うけど、まあその分野。」
金持ちの馬鹿息子ってわけじゃないんだ…。
「冷却ガスが止まると大事なセルが死ぬんだよ。タイマーの使い方いっつも間違えるアシスタントがいてさ、俺は今日は忙しいっつってんのに。」
「俺、少し寝たし…もう帰るから。その…えっとラブに行けば?大事な用なんだろ?」
俺がそう言ってんのに、彼が俺の肩を掴んで抱くとおでこにキスした。
「こっちの方が大事。」
(だからそうやって優しくされると混乱するって…。)
「お腹空いた?サラダならあるけど?」
「あ、うん。」
普段料理してなさそうに見えるピカピカのキッチンで、予想外に手際良く、スゥイート・オニオンを刻んだり、トマトやアボカドを切ったりして、あっと言う間にサラダがボールに山盛りになった。
「ありがとう…。」
こっちに来て7年、俺の食事に対する概念も随分変わった。サラダが食事の前に出てくる位はすぐ慣れた。ビッグ・サラダなる、サラダを主食にして食べるのにも抵抗は無い。
しかしこれは…ウサギになった気分…。
ミックス・レタスにスライスしたオニオンや人参、トマト、アボカド、クルートンがのって、そこにオイルとビネガーが掛け回されているだけのとてもシンプルなサラダが目の前にドンと置かれた。
お腹は確かに減っているものの、これだけの量の生野菜が食べられるだろうか?と思ったけど、
「あ、美味しい!」
「そう?良かった。トリュフ・オイルとアップル・ビネガー、意外と合うだろ?」
「う、うん。」
口の中がパサパサするんじゃないかと思っていたら、ドレッシングのせいか、野菜が甘くて新鮮なせいか、出されたマンゴジュースと一緒にあっと言う間に平らげてしまった。
「ベジタリアンなの?」
「ん?」
「お昼もエッグプラントのサンドイッチ食べてたし…。」
「ああ…俺、ビーガン。」
「ふーん。」
(違いが良く分からん…。)
「お前は何してんの?」
「え?」
「仕事、何?」
「あ、俺は…プログラマー…。」
ビザはシステム・エンジニアという名目で発行して貰ったものの、蓋を開けてみればそういう仕事は俺には全然やらせてもらえなくて、とてもエンジニアですなんて恥ずかしくて言えない。プログラマーのくせに、エンジニアですって言うのはこの辺では当たり前だけど、全然違うっていうのに…。
「エンジニア?」
「…違うよ…俺は、ただコードを書いたり直したりするだけ…プログラマーだよ。」
「ふーん。日系企業だろ?給料悪りーんじゃねーの?」
「…かな…。」
「同じ会社に7年もいて良く飽きないよね。ま、ストレートと10年も付き合う位だから平気か。」
こいつの言う事はイチイチ癇に障る…でも当たってる…。
もうアキもいないんだし、年も年だし、いい加減転職した方が良いとは思ってる。ただ何事にもやる気が起こらず、ズルズル適当に毎日流してるだけだ。
…にしても、ストレートね…。
アキはストレートだったんだろうか?でも、最初に俺を誘ったのはアキだ。それに俺はアキが初めてだったけど、アキはそうじゃなかったと思う。
ストレート…ノンケ…アキが?結婚したから?子供が出来たから?
「またボーっとしてる。」
「あ…、ディナーありがと。俺、もうホントに帰らないと…。」
「まだ言ってる…。泊まってけって言ってるじゃん。」
俺の言う事聞く気、まったく無いなこいつ…。
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