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「キャンディ、シンディ、お座り!」
彼が英語でそう言った途端、2匹のドーベルマンがピタッと唸るのを止めてソファの影に隠れるように座った。
犬が動かなくなったのを確認すると、俺はなるべく彼女達を避けつつ窓際に寄った。
「凄いね…。」
広がる青空の下に、遥か先のフィッシャーマンズ・ワーフまで、明るい日差しを浴びて美しく並ぶサンフランシスコ特有の街並みが広がる。穏やかなベイにはクルーザーや色とりどりの帆を掲げたヨットが浮かんでいた。
「ああ、俺もこの眺めは気に入ってる。」
思いがけなく耳元で声がして驚いて身体を離そうとすると、右手首を掴まれて囁かれた。
「ベットルームからの眺めはもっといいぜ。」
「…。」
俺が黙っているのをどう取ったのか、彼はサッサとリビングの奥にある螺旋状の階段を昇りだした。
(…これって…そういう意味…だよな…。)
余りの展開の速さに頭が付いて行けない。会ったばっかりで何も知らない男の部屋に来て、ベットに誘われてる訳で…。
ノコノコ家まで付いて来ておいて、その気じゃ無かったかと言われれば、そうなってもいいという気持ちがあったことは否定できず、かと言っていきなり昼間っからこういうシチュエーションは予想外でもあったりして…。
「何やってんの?」
2階からの、どちらかといえばのんびりした声に、俺はちょっと警戒を解いた。
(ひょっとしたら単に景色を見せようと思ってるだけ…かも?)
階段を昇ると2階はそのまま広々としたマスター・ベットルームだった。彼の言うとおり、2階からは更にアルカトラズ島、ゴールデンゲートまでの眺望が広がる。
「…本当だ…凄い…。」
言葉を失うとはこの事だ。こんな所に住んでるなんて信じられない。
…とは言うものの、俺はその景色よりも部屋の真ん中にデンと備えられた、やたらにでかいベットに気を取られてしまっていた。いかにもそれっぽい艶めいたシルクのシーツに目がいってしまう。
彼が俺の後ろに立つと俺の腰を抱いた。力を入れられてる訳じゃないから、振り払うのは簡単だったけど、俺はじっとしていた。それをイエスの意味に取ったんだろう、徐々に手が俺の身体を探り、お尻の方に…
って、おい!
彼が後ろに飛び下がると、ジーンズのバック・ポケットから抜き取った俺の財布を調べはじめた。財布を取り返そうと一歩踏み出そうとした俺は、いつの間にか背後に忍び寄っていたドーベルマンを見て動けなくなった。もう一匹は階段の上から俺を光る眼で睨んでいる。
「へえ、“せきや けいご”って言うんだ。どんな字書くの?」
「…財布返せよ…この犬も何とかしろ!」
「落ち着けよ。キャンディはお前が馬鹿な真似しない限り噛み付きゃしないさ。それより、名前。」
「…敬うって書いて、敬吾!」
「敬吾ね…似合わねーな。」
パラパラ俺の財布に挟まれたカード・ホールダーを捲っていた手が止った。
「これ、お前の男?」
「あ…。」
(アキと俺の写真、まだ財布に入れていたんだ…。)
アキの写真は沢山あるけど、俺とアキが一緒に写ってる写真はこれ一枚しかない。ずっと前に財布に入れて、捨てられないまま取ってあった写真…。
「随分若くねー?一体何年前の写真?」
「どうだっていいだろ、返せよ!」
「どうだって良くないだろ。男いる癖に俺にホイホイ付いて来たの?」
そういうつもりじゃなかったって言い訳をするのも癪で、かといって恋人がいるのに簡単に浮気する様な人間だと思われるのも、何故か嫌だった。
(こいつにどう思われたって構わないはずだけど…。)
「…別れたんだよ…彼とは…。その写真…カードの間に挟んだままだったから、財布に入れてたの忘れてたんだ。」
「別れたって、いつ?」
「3ヶ月前…。」
「へえー。で、何年位付き合ってた訳?」
「…5年…。」
これは嘘。俺よりずっと年下の癖に、明らかに遊び慣れてる彼に、別れた相手と10年近く付き合ってって言うと馬鹿にされそうで…。あ…。
彼が写真をフォールダーから取り出すと引っくり返して裏を見た。途端にニヤニヤ笑う。
「嘘つきだな。5年だって?“199x年11月、アキと俺”って、これあんたが書いたんだろ?」
「そ、それはまだ付き合う前に一緒に撮ったんで…。」
「嘘!思いっきり幸せそうな顔して写ってんじゃん。」
「それは…。」
そう、あの頃が一番幸せだった。アキと付き合いはじめたばかりの頃。俺は19歳の学生で、アキはスーツ似合う大人に見えて…。
「信じらんない。10年近く付き合ってたんじゃん。今どき結婚してたって10年もたない奴がほとんどってのに。あんた幾つだったんだよ。」
彼は俺の免許証を取り出すと、生年月日を確かめた。
「へー、28歳?見えないね。俺より6つも上なんだ…。ぼーっとして頼りなさそうだし、同い年くらいかと思った。」
(ひ、人が気にしてることを...。)
「いい加減にしろ。財布返せよ。」
思い切り低い声で凄んでみたけど、ドーベルマンに囲まれていては効果がありそうにもない。案の定、彼は財布をベットの向こう側に放り投げてしまった。
「怒るなよ。あんた安全そうに見えたけど、一応どんな相手か寝る前に確かめときたかっただけだよ。」
そう言いながら俺の腰に伸ばして来た手を、思いっきり振り払ってやった。
「冗談だろ!そんな気無いよ。俺帰るから…。」
財布を取り返そうとベットの方に歩きかけたら、足を払われてベットに頭から倒れ込んでしまった。そのまま思いがけず強い力で手首を掴まれて押し倒される。
「ここまで来てジタバタすんなよ。男いないんだろ?だったら俺と楽しくやろうぜ。」
「放せ!」
股間に蹴りを入れてやろうと暴れると、ドーベルマンが俺の顔の真横でゾッとするような唸り声を上げた。思わず身体を硬直させる。
「そうそう、大人しくしてれば気持ちよくしてやるって…。」
そう言う顔はもう笑っていない。細められた眼が欲情をちらつかせ、どちらかと言えば繊細な感じのする整った顔が、急に牡の表情になる。男からこういう顔で見られるのは久し振りで、俺は背中にゾクッと来てしまった。
「噛むなよ。」
そう言うと彼は俺の顎を掴んで口を開けさせ、舌を捻じ込んできた。そのまま逃げようとする俺の舌を捕まえて、吸い上げる。
(…こいつ…すげー…。)
「んん…んっ…」
自慢じゃないけど、って言うより恥ずかしながら、俺は男はアキしか知らない。というか、女には昔からまったく興味が無かったから、男も女も含めてアキしか知らない。そのアキとも別れる1年くらい前からは、喧嘩ばかりで殆どセックスしてない。
いきなり深くキスをされて、俺の身体は敏感に反応した。
「ふ、うっ…。」
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