宣誓!

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ライン ドット

その後、愛国心を嫌が上にも煽ろうとする、ベタベタのビデオが“Im proud to be an American”の歌詞のしつこい繰り返しに乗って流されると、流石に俺もうんざりしてきた。

 

…でも、周りからは啜り泣きの声が聞こえてくる。

 

画面に映る若い兵士はアフガンかイラクに派遣されているんだろうか、貧しい移民は軍に所属する事で永住権を獲得することも多い。

 

Star Spangled Banner…星条旗の元に、世界中のあらゆる国の人間が集まり忠誠を誓う。

 

アメリカ国旗はただの色のついた布じゃない。希望と正義とこの国のあらゆる理想と理念の象徴。その旗を冒涜することは、国家への冒涜。

 

俺は複雑な気持ちでビデオを見つめた。この国の人間になるという事がどういうことなのか、自分に本当に分かっているとは思えない。それ以上に、俺はどうあがいても、死ぬまで日本人以外の自分になれるとも思えない。

 

それでも俺は日本国籍を放棄した…アキへの気持ちにケリをつけるために…。

 

セレモニーは2時間も掛からずに済んで、その後数人の係官が座席毎に、Certificate of Naturalizationを配ってくれた。俺のアメリカ人としての出生証明書。

 

だけど俺の順番が中々回って来ないうちに、周りの席の人間はどんどん証明書を受け取ってロビーに出て行ってしまう。

 

予め用意された封筒に渡された証明書、手数料の小切手と申し込み用紙を入れてロビーで待ってる係官に渡せば、2週間くらいでUSパスポートが発行される。混まないうちにサッサとその列に並びたかったのに、俺に証明書が手渡された頃には会場はガラガラだった。振り返って見ると例の美形もとっくにいなくなっていた。

 

知らない相手っていう気軽さで、終わったら駄目もとで声を掛けてみようかと思ってたから、ちょっとがっかりした。

 

Way out of my league

 

ま、しょせん俺には高値の花ってのは分かってたけど、こういう場所で同じ日本人同士、しかも多分「お仲間」同士会う可能性って低いから、彼にも俺と話をするくらいの好奇心はあるかと思ったんだけど…

 

(全然相手にもされてないし。)

 

ロビーに出ると収集のつかない大混雑になってた。

 

なんせ2千人近い人数に対して、係官はたったの二人。その二人がロビーの一角でパスポートの申請書を集めてるんだけど、そこに辿り着いて封筒を渡すのにきちんとした列も出来てなくて、ただ人混みに揉まれることになる。たった二人しかいない係官に、目茶苦茶な英語で意味不明の質問をする奴も多いから、ただ封筒を渡すだけなら直ぐ進むはずの列が中々進まない。

 

ソーシャル・セキュリティ・ナンバーから、生年月日、母親の旧姓、その他ありとあらゆるアイデンティティの盗難にもってこいの個人情報が全て掲載された申請書が、係官によって無造作にプラスチックの箱に押し込まれて、積み上げられる。

 

(これ失くされたら笑い事じゃ済まないよなー。)

 

そう思って渡すのをためらってると、いきなり後ろから日本語で声を掛けられた。

 

「何ボケっと突っ立ってんだよ。」

 

(あ、さっきの…。)

 

とっくに会場を出たと思っていた例の美形が、苛々した口調で続けた。

 

「渡すの?どうすんの?」

 

俺は咄嗟に聞き返した。

 

「君はどうしたの?」

「俺?もうとっくに渡したよ。」

「なんかテキトーに積み上げてあるけど平気かな?」

「ま、大丈夫なんじゃねーの。」

 

この辺が日本人だと思うけど、そう言われて何となく安心した俺は自分の申請書を係官に渡した。それでも多分躊躇したような顔の俺を見て、係官が「質問?」って聞くのに首を横に振ると、忙しそうに隣の奴のクドクドしい質問に耳を傾け始める。

 

取りあえずパスポートの手続きを終えてホッとした俺は、ムスっとした表情の美形に笑いかけた。さっきまでごった返していたロビーにはもう殆ど誰もいない。

 

「市民権の取得おめでとう。」

「おめでたいって、何が?」

「え…。」

 

そうまともに返されて俺は絶句した。

 

会社で市民権を取るって言うと、皆に散々「おめでとう。」って言われた。この会場に来てからも係官やゲスト・スピーカーに壇上から「おめでとう。」って何度も言われて、市民権を取得するのは目出度いことだって刷り込みされていた俺は、そもそも自分では大して目出度いと思ってなかった訳だから、そう改めて聞かれると何て答えていいか言葉に詰まる。

 

「…プレッジっていうのはgoing both ways…。」

 

ボソッと英語で呟かれて「え?」って聞き返すとそれには答えず、

 

「お前これからどうすんの?」って聞かれた。

 

「えーっと…。」

 

考えてなかった…。

 

会場のパーキングは終日料金で12ドル。高いといえば高いし、シティで一日駐車する料金といえば安いのかもしれない。セレモニーは11時過ぎには終わったから、これから昼飯でも食おうかどうか考えていた所だった。仕事は一日休暇を取ったし、ぽっかり平日の午後が空いたことになる。

 

サンフランシスコには珍しく、雲一つ無く風も無い、爽やかな空気と広がる青空。

 

ここに来て7年も経てば、最初の頃の物珍しさも無くなって、アメリカに住んでいるっていっても何の変哲もない日常…。けどこうしてSFの観光スポット、フェアモント・ホテルやグレース聖堂に囲まれていると、アキに連れられて初めてここに来た日の、わけもなく浮き浮きした気持ちが蘇る...

 

返事をしないでボーっとしてたら、

 

「飯でもどう?」

 

って聞かれた。

 

「あ、うん。」

 

(ひょっとして俺を待っててくれたとか…?まさかね…。)

 

会場を出ると彼はサッサと道を渡って聖堂前の道をノブ・ヒルの住宅街に向かって歩き始めた。

 

「この辺ホテルが多いけど、そっちには何も無いんじゃないの?」

 

慌てて追いかけると、

 

「少し歩くとイタリアン・レストランあるけど、そこでいい?ホテルなんて高いだけじゃん。」

 

って言われて、

 

「う、うん。君の知ってる店なら任せるよ。」って返事した。

 

本当にちょっと歩いただけで、観光スポットからは引っ込んだ所に可愛いイタリア料理の店があった。服の趣味やホンノリ香る高そうなコロンから察するに、不味い店には行きそうにないタイプだったから、多分美味しいお店なんだろうって思う。

 

11時半の開店時刻にはまだ5分ほど時間があったけど、彼の顔見知りらしいウェイトレスがニコニコしながらドアを開けてくれた。

 

「ハイ、ショーン!元気?」

「最高だよ、君はどうグレース?」

「悪くないわよ。ちょっと座って待っててね。」

 

(し、ショーン…?)

 

俺より少し年上と思われるウェイトレスは彼と派手に挨拶を交わすと、メニューを渡しながら俺をチラッと見てレジの方に歩き去った。

 

「…何?」

「いや、その…ショーンって?君のアメリカ名?」

 

日本人以外のアジア系の移民は必ずと言っていいくらい、アメリカ名を自分につける。

 

物凄くなまりのある英語、吊り目に真っ黒なストレートの髪で、ローラですって言われても、もう違和感を感じない位慣れた。ただ、LとかRの入らない自分でちゃんと発音できる名前を付ければいいのに、と思ったりはする。

 

俺の知ってる日本人は、アメリカに何年いようと、市民権を取得していようと、ほぼ全員日本名で通してる。この違いは何だろうと思う。やっぱり俺と同じように日本人であることを引きずっているのか、単に面映ゆいのか。

 

所謂白人の名前を自分につけても、白人になれっこない俺達。

 

ただ、周りにいる逞しいアジア系移民を見てると、アメリカ人になるって事は自分なりのアメリカ人になるってことで、必ずしも白人と同じようになる必要は無いってことが教えられる。

 

…しかし、ショーンって…。

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