宣誓!

ライン ドット

どうしてこうなったんだっけ?

 

知らない男の部屋でベットに押し倒されて、会ったばかりの相手とキスしてた。

 

最初は抵抗してたのに、気が付いたら自分から彼にしがみ付いてキスを返していた。時々歯がぶつかるような激しいキスに、ボウッと頭が痺れてくる。俺が息苦しくなってくると、彼が絡めた舌を外して、俺が喘ぐ間、そっと舌の先で俺の唇を愛撫した。

 

そうされてると、またキスが欲しくなって、俺は自分から舌を出して軽く彼の舌の先に触れた。もっとキスして欲しくて誘ってるつもりだったのに、彼は俺を焦らすみたいに、俺の舌を優しくつつき返してくるだけ。

 

でも俺がじれったそうに喘いでると、彼がまたゆっくり舌を入れてきた。舌の先端から表面をピチャピチャ吸われるとすごく気持ちがいい。右手が俺の髪を愛撫し、左手が俺の内腿を何度もゆっくり上下に往復する。

 

ああ…

 

本当にどうしてこうなったんだっけ?

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

その日の朝7時。いつもの通勤ラッシュ。

そう思って随分早めに家を出たのに、ハイウェイに乗ったらほとんど車がいない。それでまだ新学期が始まってないってことを思い出した。

 

そっか、まだみんな休暇中なんだ…。

 

今日はレイバー・ディの休日の後の火曜日。9月の抜けるような美しい青空が、北へ向かって緩やかにカーブするハイウェイの前にどこまでも広がる。

 

俺は車のハンドルを軽く握りなおすと、肩の力を抜いてCDのボリュームを上げた。明るい空に優しい歌声が響く。

 

“君に言いそびれたことがポケットの中にまだ残ってる…指先にふれては感じる懐かしい痛みが…”*

 

(今日の気分にぴったり…。)

 

アキに言いたかったことは一杯あったのに、あんなに泣き喚いて縋ったのに、最後まで本当に言いたいことが言えなかった気がするもどかしさ。

 

(アキ...今どうしてる?)

 

心の中でそう呟いて、俺は首を振った。もう考えてもしょうがない。

 

そしてそのままサンフランシスコ市内までの道を走り抜けた。

 

渋滞を予想して早目に家を出たから、セレモニーが始まる1時間以上前にシティに着いた。市内に入ってからも余り車がいなくて、指定された会場にも随分早く着いたのに、会場のパーキングはもうほぼ満車だった。

 

俺は空きスペースを見つけるために、最下層のパーキング・エリアまでグルグ降りて、やっと見つけたスペースに車を押し込んだ。両隣のSUVとトラックがそれぞれ頭から斜めに突っ込んで駐車してるから、俺のアコードがギリギリ入るスペースしかない。

 

なんだってこんな車の停め方するんだろう?すっごい迷惑!しかも、これコンパクト・カー用って書いてあるのに。

 

他のガレージを探そうかどうか一瞬迷ったけど、どこも似たようなもんだろうって思い直して、俺はそのままエレベーターに向かった。

 

パーキングからロビーへのエレベーターにも、もう大勢の人が並んでいた。一人ぼっちの俺はその最後尾にポツンと並ぶ。ここに今朝集まっている人の殆どは家族や恋人、親しい友人と一緒に来ていて、あちこちで賑やかな話し声がしている。

 

――アキがいたら一緒に来てくれたかな?――

 

そんなはずない。そもそもアキがいたら俺はここには来ていない。これは俺なりのケジメのつけ方。

 

もう二度とアキを追いかけない…そのために俺はここにいる。

 

アメリカ市民になるために。

 

ここに来て7年が過ぎ、俺は市民権を取得する事を決めた。恋人だったアキを追いかけてアメリカに来てそれだけの時間が過ぎ、その間に、アキはかわいい日本人の奥さんを貰い、子供が出来、そして3ヶ月前、俺に黙って家族と日本に帰国してしまった。

 

最初の数年は夢のように過ぎて…最後の数年は悪夢のうちに終わった俺とアキの関係。

 

一人ぼっちが辛くて、気が付けばアキを追い駆けて日本に戻りたいと思う自分がいて、でもアキにはもう家族がいるって分かってる。別にアメリカ人になりたいって訳じゃない、ここにいたっていいことばかりじゃないのは分かってる。

 

でももう決めたんだ。生まれて初めて、誰かの意思でなく自分でそう決めた。日本国籍を放棄する。もうアキを追い駆けたりしない。

 

そして今日この会場で、俺はこの国に忠誠を誓うって宣誓しなきゃいけない。アメリカ市民として…。

 

会場の入り口でグリーンカードを係官に渡すと、「これはもう返しませんよ。」って笑顔で確認された。俺のここでの究極の身分証明だった小さなプラスチックのカード。それなりの感傷がお別れに伴う。

 

(今までありがとう…。)

 

会場の中で別の係官が俺の席を黙って指差した。奥から順に詰めろって言ってるみたいだったから、取り合えず一番端の通路側の席に座る。

 

俺にとってはありがたいことに、市民権を取得する本人は階下の席に、友人や家族は2階にって別けられていた。2階の家族に手を振ったり、携帯で話をしたりする奴もいるけど、ほとんどの人は皆、黙ってセレモニーの開始を待っている。一人で来ている俺も目立たない。

 

そのうち、馬鹿でかい星条旗が映ったスクリーンの前に、係官のおじさんが現れて、式次第について説明を始めた。

 

「プレッジを述べる前に全員起立します。その起立は出身国ごとに行いますから、自分の国名が呼び上げられたら立ち上がって下さい。一旦席を立ったらそのまま座らないで、立ったままプレッジを述べるまで待っていて下さい。」

 

へえー、と思った俺は会場内を見回した。ここサンフランシスコの会場には圧倒的にアジア系が多い。そういう意味でも俺は目立たない。

 

係員のおじさんが続けて、

 

「隣の人にあなたがどこの国から来たか教えてあげましょう。もし英語の分からない人が居たら、その人の国名が読み上げられた時に起立するお手伝いをしましょう。」って言った。

 

俺は隣に座っている若い女の子を見た。にっこり笑った彼女は俺の予想通り、「フィリピンからよ。」って言った。「チャイニーズ?」って聞かれて、俺は「いや、ジャパニーズだよ。」って答える。

 

斜め前の席の白人のおばさんが振り向いて、俺に「中国語を話す?」って聞いてきた。「悪い、話せない。」って答えると、俺の前に座っている中国人らしいお婆さんを指して、「彼女英語が話せないのよね。」と頭を傾けた。それで「チャイナってアナウンスがあったら立つように教えてあげればいい。」ってことに皆で意見が一致する。

 

アフガニスタンから始まって、アルベニア、アルジェリアと、まるでオリンピックの行進みたいに、次々に国名が読み上げられた。今日だけで2千人近くが市民権を獲得するこの会場は、小さな人種の坩堝だ。でも国名が読み上げられても立ち上がるのはほんの数人で、ボスニア・ヘルツェゴビナみたいに一人だけしか立ち上がらない国も多い。

 

そんな中、リパブリック・オブ・チャイナって読み上げられると、会場の半数近くが立ち上がって、ドット拍手や歓声が沸いた。俺達に促された前の席の中国人のおばあさんも笑顔で立ち上がる。すると機械的に国名を読み上げていた係官がにっこり笑って、次の国名を読み上げる前に少し間を置いた。

 

インディアでまた纏まった人数が立ち上がってしまうと、周りを見通すのが難しくなったけど、ジャパンってアナウンスがあった時、俺は他にも誰か立ち上がらないかと思って、キョロキョロ周りを見渡した。

 

(いた…)

 

会場の俺から斜めに数列前、通路を挟んだ向かいの席で、若い男が俺と一緒に立ち上がり、そいつが何気なく後ろを振り向いた瞬間まともに目が合った。

 

(なんか浮いてるなー。)

 

っていうのがそいつの第一印象だった。

 

俺みたいに、どうでもいい理由でアメリカ市民になる人間は珍しい。ここに来ている殆どの人はアメリカの市民権を必死で手に入れようとしてきた人達だ。前の席のおばあさんみたいに英語の出来ない人は、アメリカ人の子供を持ち、アメリカで人生の大半を過ごし、英語のテストを免除されてやっと市民権を得る事が出来る。

 

会場は熱気を帯び、2階席の家族や友人は感激に涙を浮かべ、笑い、市民権の取得っていうビッグイベントを一緒に祝っている。俺もその雰囲気に当てられて、何時の間にかニコニコしながら周りを見回していたらしい。

 

そいつと目が合った時も、「おお同胞よ」ってな感じでにっこり笑いかけたはずだ。

 

返ってきたのは…「フン」っていう様な薄笑いだった。

 

別に俺だってどうしてもアメリカ市民になりたかったって訳じゃない。アキに振られてかなり自棄糞ってとこがある。だけど、俺の動機がいい加減とすれば、その若い男、いや、まだ少年ぽさの残る顔には「めんどくさい。早く終われ。」って書かれてあった。

 

もう一つ、そいつが浮いてる理由はその奇麗な顔だった。顔だけじゃない、さりげなく自然に見えるようでいて、実は手の掛かりそうなヘアスタイル。無造作に見せてかなり気を使ってコーディネートしたと分かる、カットのいいジーンズに、Tシャツの上からフワッと着た仕立ての良さそうなシャツ、首から下がるチョーカーに銀の角。

 

片耳には色や大きさの違うピアスが3つも光り、もう片方にはゴールドのリング。

 

「お仲間」かな、ってチラッと思う。

 

ここベイ・エリアって呼ばれるサンフランシスコ近郊に住んで7年、俺のゲイダーも結構機能するようになった。

 

美形で細身、スラッと長い足、完璧に決まったルックスで若いアジア系の男とくれば、それでなくても目を引く。

 

そいつに目で拒否された感じで、盛り上がりかけてた気分に水を差された俺は、胸に手を当てるとダラダラと宣誓を読み上げた。

 

――この武器を取ってこの国のために戦いますってのは、やっぱなー。アメリカで生まれた奴は一々こんなお誓いしなくても言い訳だし。兵役逃れとかして海外行ってた奴でも大統領になれたりするし。

 

とかブツブツ考えながら…。

ライン ドット

*Copyright by ChemistryPieces of A Dream

いきなり懐メロです(汗)。ところで人様の文章や歌詞を引用する場合、著作権の侵害にならないためにはこんな表記でいいんでしょうか?もし他にどうすればよいかもしご存知でしたら教えて下さい。

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